妖勾伝

「俺は幸せだ。

こうして俺の傍に珀がいて、紫乃が元気に笑ってくれている。」








耳元で囁かれる、
甘い声。

先から溶け出していきそうな躰の疼きを抑え、珀は翠人を見つめた。


笑むと目尻が下がる翠人の表情を、珀は愛らしく思う。




コクンと、その言葉を飲み込む様に、珀は小さく頷いた。










「いつの日か、
誰の目からもはばかられずに、俺達が幸せに暮らせる時が来ればと、俺は願っている。

そう、
人と俺達闇に棲む物怪が、穏やかに過ごせれる時を……」




誰の目から見てもその躰に纏う安らぎは心地良く、いつでも翠人は人を惹きつけていた。




そんな翠人が、望む世界。

皆が心穏やかに、
過ごせれる事ーーー









「カカァは、いつもあぁ云っているが、俺はそうは思わない。


世に産まれた命で、必要で無いものなんてない。
すべてが大切な、一つの命だ。

人も物怪も互いに認め合えれば、もっと幸せになれると思わないか?
俺達が、こうして幸せな日々を送るようにな……」





















温かな日だまりで微笑んだ翠人は、薄闇にぼんやりと滲んでゆく。




朧気にその姿を歪めながら、

じんわりとーーー












闇に染まってしまった自身の両の掌を見つめたまま、



珀は涙を一粒、

その頬に伝わらせたのだった。