妖勾伝

深く積もった雪々を溶かす、初春のひだまり。


過ごす時を共に重ね、
翠人の柔らかな温もりに触れた日々。











幸せだったーーー









どんなに望んでも、その手にする事を許されなかった、ただ一つの感情。

虐げられてきた生活をおくってきた珀にとって、初めて手に入れた切なる感情だった。




交わる事は許されない、相対する二人でも、

たとえそれが人に忌まれる闇だったとしても、珀にとって翠人はかけがえの無い存在であったのだ。










溶かし出されてゆく、
珀の安らぎーーー


幾度も幾度もその指先に愛撫され、愛されるという喜びに躰を悶えさせられたか。



翠人が撫でる、珀の艶やかな黒髪。

仄かに紅く色付いた頬をソッと伝い、それに続くほっそりとのびる首筋をなぞってゆく。


丁寧に慈しまれる自身の存在は触れられる度に熱く火照り、先の見えない暗闇の中にいた珀に、生きる輝きを与えたのだった。









出会った頃と変わりなく、見つめてくる優しい翠人の瞳に、胸が大きく高鳴る。



あれは、

この春先の事だったかーーー










一面に咲く、
真っ白なシロツメ草。


暖かな陽の光を受けて、寄り添う二人を優しく包み込んだのを珀は朧気に思い出す。