いつかこの手を

朝から家に鳴り響く1本の電話。

電話を取るなり崩れ落ちるかのように座り込む母の姿が目に入った。
どんどん青冷めて行く表情、震える体、こぼれ落ちる大粒の涙。

当時まだ5歳だった俺は何が起こったのかさっぱりわからなかったが幼いながらに
はり詰めた空気、そして異様な雰囲気を感じとった。

パジャマ姿の俺を担いだ母は目も合わさず病院へと車を走らせた。
着くなり医師に見せられた光景は想像を絶するものだった。

ベッドの上に寝ていたのは紛れもなく父の姿だった。
血は拭われていたが父は傷だらけになっていた。
もう、どうすることも出来なかったそうだ。

仕事に向かう途中、事故に巻き込まれた父は まだ若い母と5歳の俺を置いて天国に行ってしまった。
いつも優しく時には厳しく、たくさんの愛に溢れた父のことを俺は大好きだった。

葬式も終わり遺骨を見たとき生まれて初めて「別れ」を知った。
胸が張り裂けそうなほどに苦しく辛かった。

毎日、通うのが楽しみだった幼稚園も両親と楽しそうに遊ぶ友達の姿を見るのがとてつもなく悲しくて行きたくないと思うようになった。

父を思うと涙が止まらなかった。会いたくて会いたくてたまらなかった。

誰より1番辛かったのは母だろう。
突然、愛する人を失ったうえに幼い俺を女手一つで育てることになったのだ。


やがて小学生になり、勉強に励んだ。友達もたくさん増え笑顔が戻ってきた。
母は俺を育てるため一生懸命、働いてくれた。
高学年になると反抗期から、たくさん困らせてしまった。何もかもが嫌になり生きることを甘く考えるようになっていた。自分だけで生きていけるなんて馬鹿な考えをしていた。