鏡原は、もう一度大人を、信じろと言った。
身近な人に裏切られた琴音には酷な言葉だ。

オレは可哀想な弟に何をしてあげられる?

捜査が進むまで、琴音を一人にしない方がいいと、鏡原は言い、二人で琴音のマンションに、帰ることにした。
携帯電話の充電器とノートパソコンと着替えを取りに自宅に立ち寄る。

仏壇に手を合わせる。
もうすぐ事件は解決する。それがオレと母さんの願いだったはずだ。
しかし、真実が明かされた時、オレは弟と手放しで喜べるんだろうか。
事件が解決したら、母を失った寂しさから解放されると思っていた。本当にそうだろうか。

また一人きりになるんじゃないのか?

手を合わせたまま、ぐるぐると考えは同じ場所を回っている。

「倖太。寒いんだけど」
琴音の声に、我に返った。

「あっ、ごめん」
「お腹すいた」
「……わかった。ご飯にしよう」

スーパーへ行き、二人分の食材を買いだめする。

鍋にしよう。寄せ鍋がいい。

テーブルに、映画の台本がある。風がページをふわりとめくった。
台詞の部分にマーカーで印がつけてあった。

琴音は台本を覚えるために、ソファに座り込んだ。
オレは買ってきた白菜と白滝を切って、鍋の用意を始めた。
豚バラと鶏の胸肉を食べやすい大きさに切る。
カセットコンロをセットして、小皿と箸を並べた。

「家族みたいだね」
「琴音?」
「こんなことになるなら、もっと町田の家に帰るべきだった。もう母さんと鍋できない」
「オレは琴音と鍋できればいい」
「僕の家族が、君の家族を奪った。……ごめんなさい」


もう謝らないでいい。
琴音のせいじゃない。

「お前もオレの家族だよ」
「家族になりたかったわけじゃない……。僕は君の恋人になりたかった」


まつげが震えていた。
隣に座って肩を引き寄せる。

「つらい?」
「うん」
「オレも」

被害者の息子と、加害者の息子。
実は兄弟でしたなんて。
誰も話してくれなかった。


オレもわりと不幸じゃないか。久しぶりに恋した相手が弟だったなんて。

都会の片隅に放り出された。それでも生きていかないと。

「ご飯にしよう。風呂はいって、それから明日のことは考えよう」