……慧太くんはそのまま何も言わず、腕を掴んだまま何もしない。
私も何もできない。
竜也くんは気にせず弁当を食べ、明希ちゃんは「あら」と言った。
「な、なんですか…?」
なぜか敬語になってしまった。
あれだけ毛嫌いしてた私の腕を掴んできた慧太くんにびびってしまった。
固まること、約5秒。
「…こ」
慧太くんが反応した。
「今度サン・ブレッドのパン奢るから、少しだけわけて」
と、際どい上目遣いでそう発した。
……私が美少年好きだったら、間違いなくこいつをどうにかしていた。
でも私は特にそういうわけではなく、どうこうするわけでもなく。
でも……、これはね…、ずるいですよ。
いや、まだ負けちゃだめよ夏海。
毒吐き腹黒美少年の策かもしれないのよ、夏海。
私はそう言い聞かせ、冷静になるために咳払いをした。
「そ、そんなこと言って、私を陥れようとしてるんでしょ?」
「僕はサン・ブレッドの限定パンのためならなんでもする」
なんて発言を落としたんだろうか慧太くんは。
きっとこれ、いつか誘拐されそうだよね。パンを餌に。
って、違う。そんなこと考えてる場合じゃない。
「うーん、どうしよ…」
そう呟く私を、慧太くんはじっと見ていた。それだけで緊張ドキドキMAXになるんだもん、美少年はほんとずるい。
でも、慧太くんはサン・ブレッドの熱狂的ファンの一人だ。
私が今まで欲していた人そのものじゃないか。
私はパンを半分にし、片方を慧太くんに差し出した。
「え…、いいの?」
「だって、食べたいんでしょ? お互い同じパン屋さんのファンなんだし、共有しないと」
慧太くんは目を丸めながらパンを受け取り、それをまじまじと見た。
そして、小さな声で呟いた。
「……ありがと」
…………。
今のはガツンときたよ。
「あっでも、竜也狙うのだけは勘弁ね。竜也にはもっともっといい女が釣り合うんだから」
───前言撤回。
「パン返せ」



