「おまたせ」




突然かけられた声に、一瞬、幻聴かと想って反応が出来ない。

それなのに、背中に感じる気配に現実だと教えられる。


振り向くとスーツ姿の湊が立っていた。

その顔はとても嬉しそうに笑っていて、両手を広げて私を待っていた。




「ずっと見てたのに、いつ来たの?」


「ついさっき。普通の車は、この後ろに停めるから」




そう言われて目線を湊の後ろに向ける。

確かに、乗用車ばかりが停められる駐車場があった。

バスに夢中になっていた私は、それに気付かずにぼんやりしていた、というわけだ。




「私が湊を見つけたかったのに」




少し拗ねたように言いながら、広げられた湊の両手を握る。

湊は何も言わずに、満足そうに頷いていた。




「時雨を探すのは、得意なほうだから」


「私だって、湊を探すのは得意なのに」


「そうか。じゃあ、今度は負けるかもね」




そう言って片手を繋いだまま、もう片方の手で私の鞄を持ってくれる。

三泊くらいなら、小さなボストンバッグに収まってしまう私の荷物を見て、また少し笑っていた。




「相変わらず小さい荷物だね」


「必要なものが明確だと言って」




そんなやりとりをしながら、車まで歩いていく。

これから湊と二人きり。

些細な瞬間も、違う土地ではとても特別なものに想えた。