「湊は私の右側にしか立たないものね」




道を歩くとき。

家で料理をするとき。

二人で椅子に座るとき。



湊は決まって私の右側にいる。

その優しい左手が私の右手を引いてくれる安心感を、当たり前のように感じていた。


ただ唯一、湊が私の左側にいるのは眠るときだけ。

何もかもを包み込むように私を見つめるその目に、いつまでも映っていたいと想っていた。




「自分の左側の表情は、本当に大切な人にしかみせないようにしてるから」




ぽつりと呟くように言って、私に目線を向けた。

長い睫毛に湊の髪が当たって、少しくすぐったそうに見えた。




「人間の左側の表情は、本当の自分が表れてしまうんだ。意識をしなくても、そうなると決まっている。だから本当の僕は、時雨だけが見えればいい」




湊の左側は、私のもの。

本当の湊は、私のもの。



それは、『好きだ』と言われるよりも確かなもので、『全部をあげる』と言われているようだった。




「だから時雨が眠るとき、僕は左側にいるよ。無防備な時雨は、僕のものだから」




湊だけが知っていればいい、とそう言った。



それでいい、と想った。

作った私ではなくて、無防備な私。

ありのままの姿を知っているのは、この人だけでいい、と大きな声で言えるだろう。