「なんででしょう?自分でもわかりません」




そんなのは、嘘だと想った。


本当はわかっていた。

もう少し傍にいて欲しいことも。

分け合った温度が、離れがたいことも。

包まれている腕が、心地いいことも。



全部、わかっていた。




「なんだそれ」




そう言って、楽しそうに笑った。

私の髪を撫でながら、全然気にもしていないように。




「時雨、そのままでいいから聞いてろ」




声が一気に変わる。

緊張が走る声。

私の身体も、少しだけ強張った。




「一度近づいたら、俺はそれ以上離れることは出来ない。この距離を知ってしまったから、上手く距離感を保てなくなるかもしれない。だから、考えろ。この先どうするか」




また、白と黒。

選ぶ時が近づいているのだと知る。


灰色のまま逃げてきたのは、私自身だ。

必ず、どちらかにしなくてはいけないと、もう知っていた。



櫻井さんの声が、私の胸の中に重く響く。




「時雨の気持ちを、全部理解することは出来ない。助けてやれないことも、沢山あるかもしれない。それでも、隣で支えてやりたいと想ったんだよ。それが、どんなことでも」




理解できなくても、助けられなくても。

それでも、隣で支えたい。




そんな風に言ってもらえただけで、私は本当に幸せだと想った。

櫻井さんの気持ちが、今は本当に嬉しいと想った。