「そんなつもりじゃ・・・ただ、病室では我慢しなくちゃって」


「そんなの関係ない。だって、今は雨が隠してくれてる」




そう言って湊はぐいっと顔を近づけてきた。

けれど、どの部分も私に触れることはない。


鼻もおでこも。

頬も唇も。



目を大きく開けた私を、湊が覗き込んでいる。

ガラス玉の綺麗な瞳。

色素の薄い、湊の目。




そしてすぐに私から離れて行く。

何にも触れず、息のかかる距離から、それすら届かない距離へ。



胸が苦しくなった。

湊に触りたくて。

腕で触れるのではなくて、違うところで。




「ねぇ、時雨。どうしてもダメ?」




本当に狡い。

そんな声を出されたら、許してしまうに決まっている。


こんな可愛いおねだりなんて、されたことがなかった。

だから、なんでも叶えてあげたいと想ってしまった。



私にしか出来ない、湊の喜ぶこと。




気付けば私は、湊とキスをしていた。

自分から顔を寄せることが、こんなに恥ずかしいなんて知らなかったけれど。


目の前で私を待っている湊を見て、たまらない気持ちになった。




抱きしめられた腕からは、いつもの湊の匂いがした。


安心できる、この胸の中。


薄く混ざった消毒液の匂いをさせていたけれど、それでも。

此処にある湊の体温が、これ以上無い程大切なものなのだ、と想った。