私の背後で、ばたんとドアが閉まった。
その音に反応したように振り向いた矢野くんと、不意に目が合う。
まだ、彼の会話は続いている。
「あ、ごめん・・・また、かけ直す・・・」
私がいると分かった途端に、彼はそそくさと電話を切った。
耳に押し当てていたケイタイをポケットに仕舞って、そのまま両手をポケットに突っ込むと、マフラーに顔を埋める。
「ふふっ、やっときた」
そうやって、イタズラに笑う、いつも通りの顔。
その、あまりのギャップに戸惑う。
鼻の頭が、すこし赤い。
どれくらい前から、ここでこうして、私の知らない誰かと電話をしていたんだろう。
やっぱり、矢野くんはずるいよ。
その気にさせといて、本当の姿を見せてくれる気なんて、これっぽっちもないんだ。
私はまだ、矢野くんのこと、一ミリも知らないんだよ。
こんなに知りたいのに。
近付きたいのに。
矢野くんがそうさせてくれないんだ。
「・・・ねぇ、矢野くん」
ひとの心を掻き乱すだけ掻き乱しておいて、自分のことは少しも教えてくれないなんて、ずるい。
「誰と、電話してたの・・・?」
中途半端なんだよ。なにもかも。
勘違いさせるなら、もっとうまくやってよ。
そうじゃなきゃ、私だって、可哀想な勘違い女になりきれないじゃん。
べつに聞きたくもない質問を自らして、ああ、私って馬鹿だって、ほんとにそう思った。

