約束の日。

俺は店で蜜葉を待っていた。

普段と変わらない格好。
俺は何時も、落ち着いた感じの大人っぽい服装が多い。


すると、向こうから
蜜葉が歩いて来た。

風に靡く茶色の髪。

仄に香る甘い香水の匂い。


「ごめんなさい、待った?」


蜜葉は心配そうに俺の顔を覗く。

その顔が、とても可愛くて
俺の本能は沸々と沸き立つようだった。


「……平気」


元々、口数の少ない俺は
どんな相手に対しても
冷たくしてしまう傾向があった。

その日は、この点についても
何となく心配だった。

でも俺はそんな事よりも、
もっと心配で、もっと気掛かりな事があったんだ――…。



店から離れ、騒がしい都心を
歩く俺達。

この先彼女は何処へ行くのだろうか――…。

そんな事を思いながらも、
黙って蜜葉の右側を歩いた。



「ここなんだけど……」


遠慮がちに蜜葉が指差した
場所は、超有名ブランドの本社だった。


「…何でここ?」

「えっと…私、ここのブランドのデザイナーなの。で、新作があるんだけど、倉田さんに…着てもらいたいと思って」


少し恥ずかしそうに、
微笑みながら俺に話し掛けてくる。

嗚呼、なるほど…そういうことか。


「倉田さん、凄くスタイルいいし…それに、今回のテーマにとても合ってるの」

「テーマ?」

「ええ。《シックで大人っぽい》…それが今回のテーマ。倉田さんにピッタリだと思ったの。普段の倉田さんの服装も、そんな感じだったから…」


蜜葉はきゅっ…と口角を上げ、俺に妖艶な笑みを向けた。


「引き受けて…くれない?」


俺は、その微笑みに
吸い込まれた。

余りに美し過ぎて――…
俺は思わず息を呑んだ。

そして、静かにコクリと頷いた。


「ありがとう」


ふふ、と今度は可愛く笑った。

この子って、ころころ表情が
変わるんだな…。

俺は本社に向かう蜜葉の背中を見つめながら、そう思った。