予想外の言葉をもってきた貞子。
俺は貞子の手など振り払い、あまりの恐ろしさに絶叫して、衝動的に頭を抱えこんでしゃがんでしまった。
「食べないで下さい!食べないで下さい!!」
何を言えば助かるのか、小さな頭をフル回転させ考えたものの、良い結論はでなかった。
「食べ…」
それ以上貞子は俺に触れなかった。
そのかわりに、女の控えめな笑い声が耳に入る。
恐る恐る顔をあげてみると、カチューシャをした長髪の女性が、口に手をあてて必死に笑いをこらえているのがみえた。
「くくっ…」
上はタートルネックで下は長いジーンズ。靴は普通の運動靴で、背は俺より小さいけど服からして大人の女性のように見えた。
まぁ、遠くから見たときは暗くて分からなかったが、要するに超普通の格好をしている。
「くくく…」
「お、おい。いつまで笑ってんだよ」
いくら女だとしても、なんだか少々いけすかない。
「だ、だって…お前、くくっ…そんな叫び声あげなくても…くくくっ…なんか変な会話が聞こえたからちょっと驚かせただけなのに…ぷくく…」
俺達の会話が聞こえていたのか。
「あ、あれは…」
確かに誰もが笑ってしまうような声だったかもしれない。
思い出したとたん、急に恥ずかしくなってきた。
こんな普通の女に対してあんなに怯えて、挙げ句の果てには絶対にふられるようなナンパまで考えて。もうとにかくみっともない。
羞恥心でいっぱいになった今、俺はなにも言い返せなかった。
女は一端わざとらしい深呼吸をして静かに笑いをおさめる。
「ふぅ…。あー、面白かった!お前本当にビビりなんだな。えーと、狩野だっけ?悪かったな。驚かせて。まさかあんなナンパをしてくるなんて思わなかったぞ」
「え…あ、それはわざと…」
それはお前にふられるようにわざとやったんだ!俺の素はもっと健全だ!!!!なんて言えない。
しかし、女の口からは予想外の言葉が出てきた。
「いいぞ。別に。そのナンパ、のってやる」
そうかそうか!それは嬉しい…って…
「………………………………え?」
「だから、そのナンパのってやるって」
「はぁ!?!?」
「私今家の鍵なくて帰れないし」
「ちょ…え、……まじで言ってんの?」
「うん。まじ。ってことで狩野の家は何処にあるんだ?寒いし早く行こう」
「嘘だろ!?」
「冗談はあまり得意ではないんだが」
「………はぁ…」
家に帰れない女を放っておくわけにもいかない。
俺は結局断りきれず、連れて帰る事になってしまった。
俺がナンパしてしまったのは男口調の変なやつだった。
あれ?…俺、もしかしてこの日を一生後悔するんじゃないか?

