「何言ってるんですか…。帰りますよ」

隼斗が呆れてため息をつく。

「そうですよ先輩!貞子みたいな女をナンパするなんて絶対嫌です!」

俺もすかさず隼斗に続いて言った。

「おやぁ?俺様言ってなかったっけ?」

先輩はわざとらしくにやけると、隼斗に肩を組んだ。そしてそのまま二人は後ろに回れ右をする。
どうやらコソコソと先輩が隼斗に耳打ちしているようだが、いまいち聞こえなかった。

話が終わったのか、先輩が「なっ!」と満面の笑みで隼斗の背中を叩く。
よく見ると、隼斗の顔は血の気が悪くて青ざめていた。

「先輩…何故それを……」

わなわなと震える隼斗。
一体先輩は何を吹き込んだのだろうか。

「どーする?大谷君??」

先輩は勝ち誇った表情で隼斗の肩を掴む。

「くっ………。仕方ないですね…」

「えぇ!?隼斗!?」

「龍登、やるぞ」

隼斗がやると言った以上、これは絶対的に断れない。

「で、でも貞子だぞ?」

「貞子じゃない。あれは“偽“の貞子だ」

んなこと言ったってうつ向いてる髪の長い女ってだけで危険オーラむんむんだろうが!!!

「はいはい、こわ狩野(コワガリヤ)。生きてる女ならナンパする価値はあるってもんよ」

「こわ狩野ってなんすか止めてください」

「怖がりな狩野、略してこわ狩野だ!」

人差し指で胸辺りを強く押される。

先輩がだんだんただの騒がしい小動物に見えてきた。

「…はぁ。じゃあ二人で行ってきて下さい。俺はここで待ってます」

胸に差された先輩の人差し指を下ろさせて公園の入り口にある小さめの段に腰掛けた。

「狩野、これは絶対参加だ!三人で行けば緊張もしないだろ!」

“ナンパに緊張するとか女慣れしてない証拠ですね“なんて思ったけど一応口にはしなかった。

俺が黙っていると、先輩は「よし!決まりだな!」と笑う。

仕方がないので心の中で舌打ちをして、俺は決意を決めた。


…多分……。

「あの、先輩」

「ん、なんだ大谷?」

「貞子一人に対して男三人は逆に貞子がビビって逃げると思いますよ。ここは誰か一人が行って誘うべきです」

変な提案を持ち出した隼斗。
勿論俺は大反対だった。

「ははっ。なんだよそれ!隼斗は考えすぎたな!んなの大丈夫に決まって…」

まさかと思い、恐る恐る先輩を見てみると、先輩は「おぉっ!」と眉をあげて楽しそうな表情をしていた。

「あぁ!確かにそうだな!んー…一人が行ってきて、自分家に誘う。んで、後から残りの二人がそいつん家へ向かう!ってのはどうだ?」

俺はついつい立ち上がって先輩の胸ぐらを両手で掴んで揺らしてしまった。

「先輩馬鹿ですか!?本当に馬鹿なんですか!?」

「いやぁ、頭はいい方なんだぞー」

なんつー思考回路をしてるんだか!!
今日をもって先輩を大嫌いになりました!!!

俺はゆっくりと掴んでいた手を離した。