「ただいまー…」
できるだけ誰にも聞こえないように俺は言った。正直言う意味があるのか分からない。
玄関の靴を見れば、赤のハイヒールとボロボロなスニーカー。
アナログ時計の針は既に10時を指している。当然、姉貴達は帰ってきていた。
「ずいぶんと遅くなっちまったな…」
そう言って、鞄をおろしながら靴をぬいだ。
「とりあえずレイも靴ぬいで」
レイも履いていた運動靴を脱ぐと、綺麗に俺の靴の横に並べた。運動靴はまだ新品のようで青色のラインに艶がある。紐はしっかりと左右対象に結ばれていて、見栄えがよい。レイは神経質な性格なのだろう。
靴箱の上にある水槽の水が、レイが手をかけたために小さくゆれた。
「龍登、これはメダカか?」
「よく見てみろよ。魚なんて入ってないだろ?エビだよエビ」
小学生の頃だっただろうか、昔飼っていた金魚が死んで、水槽がなんだか寂しく感じるようになった。そこで新しく飼い始めたのは小さなエビだ。比較的飼育しやすいミナミヌマエビはストレスに強く、忘れっぽい俺達兄弟にとってはちょうどいい。
まぁ、大体の世話は俺の仕事なんだが。
「そうか…エビか」
レイは膝を少し曲げて水槽の前に顔を出し、じっと中を覗いている。そんなにも珍しいものではないし、もしかしたら彼女にはこういう趣味があるのだろうか。
まっすぐに水槽を見つめる瞳に、少し緩んだ唇。
…って、そんなことはどうでもいい。
姉貴達もいることだし、見つかる前にレイを早く部屋に案内しなければ。
「レイ、そろそろ…」
そう言って俺はレイの肩に手をかけようとする。しかし、遅かった。
上から二番目の姉貴がキッチンから顔を出していたのだ。
「あれ?龍君?お帰り…って…その子、誰?」
「…茶紀(サキ)姉さん…!」
エプロン姿で、右手にはお玉。髪は左横でゆったりと赤いシュシュで結ばれている。たれ目で、なんとなくほんわかしているイメージがもたれる。趣味は菓子作りで、大体夜中にそれを決行するのだ。上手いか下手かと言えば、ド下手。そのため、姉貴の頬にはチョコレート色の物体がくっついている。
「あの、姉貴、これはだな…その、く、クラスの友達なんだけど…」
とにかく俺は誤解されないように説明をしようとした。