「御社のクリーンエンジン。御社のクリーンエンジン……」
呪文のように何度も唱える雪那。
最後のチャンスかも知れない正社員募集の貼り紙。

雪那は一途な願いを託して見つめていた。

地元の有力企業の自動車工場。
それも女子正社員募集のお知らせだったのだ。


「此処しかない!」
雪那は呪文を又繰り返した。

そして……
初の内定確定。
雪那は小躍りして喜んだ。

やっと就職地獄の呪縛から解き放された雪那。

先に進路の決まっていた仲間と卒業旅行へ出発した。

羽目を外した雪那に待ち受けたていたのは……

 『御社のクリーンエンジンを作るお手伝いをしたいと思いまして』

就職指導員の特訓を受けて、精一杯頑張った就活。

健康体であることもアピールした。
確かに産まれて来た時は未熟児だった。
だから時々両親に心配をかけた。


ただの風邪なのにインフルエンザを疑い、手洗いマスクを徹底する。
ちょっと閉口。

本人も当たり前のことだと理解している。
でもついお節介だと思ってしまう。
そんな苦い思い出も今となっては懐かしい。

雪那はただただ合格通知を待っていた。

 ようやく掴んだ、不況の自動車産業へ就職。

人一倍喜んだのには訳があった。


制服が可愛い、と言うだけで女子高を選んでしまった雪那。

そのため、異性との出会いが全く無く交際をしたことなどなかったのだ。

そこで、何とかして彼氏のいない歴に終止符を打とうと考えたのだ。

そして、一分の望みを掛けて選んだのがこの職場だった。


雪那だって女の子。
交際相手の一人や二人……

ううん……
どうしても恋人と呼べる存在が欲しかったのだ。


そう……
御社のクリーンエンジンの呪文は、そのためでもあったのだ。


(――地元の有力産業の工場ならきっと……

――私の恋人も見つかるかも知れない……)

そう思い込んだ。

だから尚更気合いが入っていたのだった。


そのために努力もした。
女性の疎い車の構造を徹底的に調べ上げたのだ。


どういう訳か、メカニックに興味があったのだ。
それは長女として育つために必要だったから。
弟の遊び相手になることで身に付けた好奇心の一貫だったのだ。