「坂田先生、袴田先生、本当にありがとうございました」
深深と頭を下げる宮田菜月は、既に齢四十の中年女性だ。
逃げる先々で、日雇いの力仕事をこなしていた彼女の顔には、年齢よりも遥かに多い深い皺が刻まれている。
昔を偲ぶ面影は、整った顔立ちと、今尚光りを放つ、大きく魅力的な瞳にあるのだろう。
「孝太の勉強までみていただいて、なんとお礼を申し上げたら良いか……」
「いやぁ〜、それは僕の勝手でやってることなんで、お気になさらず。
孝太くんは頑張ってますよ。
僕の期待に応えてもらうことが、何より嬉しいんで」
俺は気恥ずかしさ半分で頭を掻く。
「新しい学校にも、なんとか慣れたみたいで、楽しそうにやっております。
なんでも養護の先生が孝太のことをとても気にかけてくださるみたいで」
「それは良かった」
何かあった時の逃げ場があるのは良いことだ。
「孝太には本当に苦労をかけました。
やっと逃亡生活から自由になって落ち着くことができて。
これからは孝太には、好きなことを自由にやらしてやりたいと思ってます」
「高校受験も直ぐ控えているし、それには学力を取り戻さないといけませんね」
「はい、わたしはそれも気になっておりました。
今までは生きるので精一杯で、勉強どころじゃありませんでしたので。
先生、人間って欲深い生き物ですね」
「それが生きる意味でもあるわけですから。
幸せには貪欲になっていい、と僕は思いますよ」
「どうか、孝太のこと、宜しくお願い致します」
宮田菜月はそう言って、何度も何度も俺に向かって頭を下げた。



