被害者、高遠祐二の傷は頸部静脈を僅かにそれて大出血を免れていた。

美亜が攻撃に及んだのが、利き腕とは反対の左手だったことが幸いしたらしい。

おまけに高遠は別件の婦女暴行容疑で指名手配されていた。


「ということで、菅野さんも被害届けを出されますか?」


坂田の事務的な問いかけに、美亜は大きく首を横に振った。

「わたしもころすつもりでさしたので」

「あなたの場合は正当防衛が成立するので、彼に対して罪悪感を感じる必要はありませんよ」

「でも、ひどいけがをさせてしまいました」


美亜が被った傷は殴られた時にできた口内の小さな裂傷程度ですんだ。

恐怖、怒り、そして殺意を抱くまでの美亜が受けた精神的ショック。

高遠の行為は許し難いが、奴も十分報いを受けた。


実際、そのショック療法のお蔭でに美亜は声を取り戻すことができたのだ。