「大きなお世話よ」

つい険のある言い方をしてしまう。そして言ってから後悔する。
こういうところが私の可愛くないところだ。そんな憎まれ口を叩いた私を見て彼は微笑をたたえると、自分のデスクの引き出しを開けると何かを取り出した。そして立ち上がり私のデスクまで歩いてくると、背の高い彼は座っている私を少し高い位置から見下ろした。

「・・・何?」

いきなり近い位置まで寄られて、戸惑いから息を飲んで彼を見上げる。
すると澤田くんは柔らかい笑みを見せて私の名前を呼んだ。

「咲季さん」

苗字じゃない・・あの時みたいに名前を。
その声は小さいけれど、色気があってとても甘い。私の耳にスッっと入ってきた。

「・・えっ?」

驚きが含んで、口が僅かに開いたままになる。
すると『カサッ』と音をさせて、彼は私の口に優しく何かを差し込んだ。
突然のことに私はポカンと彼を見上げたままになる。

「お疲れ様、糖分補給して」

さっきと同じ柔らかい笑みを見せた後、澤田くんは私の前から去りそのままフロアから出て行った。
そんな彼の姿を見つめ見えなくなってから自分の口元に差し込んである物を手にして見ると、それはチョコレートだった。

「何これ・・」

独り言を言いながらそれを食べると、独特な甘さが口の中に広がった。
そして自分のデスクに向き直ると、デスクの左側にチョコレートの箱が置いてあった。それを見て箱を開け1つ取り出して食べてみると、澤田くんが口に入れてくれた味と同じだった。パッケージには『ガナッシュ』と書いてあり、独特な感じはその味だった。
澤田くんがチョコレート?

「参った・・・美味しいじゃない」

悔しい気持ちと嬉しい気持ちが胸をいっぱいにした。
そして咲季は気付いてしまった。隼人のそんな行動に心を射止められてしまったことを。
そして今まで心が曇り、乱れていた理由を。
自分で隼人に『名前で呼ばないで』と言っていたのに、彼に『今井さん』と呼ばれる度に何か心に引っかかっていた。でも今甘い声で『咲季さん』とよばれて胸が熱くなった。本当は彼に『咲季さん』と呼ばれて嬉しかったのだということを。

自分が既に澤田隼人に惹かれてしまっていたことを、もう認めざるを得なかった。