恋の糸がほどける前に



屋台が並ぶ通りに出ると、たくさんの人で溢れていた。

それでもすぐに『やきそば』と大きく書かれた出店が見えて声を上げると、水原がふわっと笑った。


「葉純も食う?」

「うん、食べたい……、え?」


い、ま。


「じゃあちょっと待ってろ」


そう言って人混みをかきわけて遠ざかる背中に何も言えず、私は呆然としたまま見つめることしかできなかった。

キュンと震えた心臓が余韻を残して胸を締め付けるから、待ってろと言われなくとも動くことなんてできなかったと思う。



「……葉純、って」


私のこと、名前で呼んだ……?


夢じゃないことを確かめるように声に出すと、まわりの喧騒にかき消されてしまう私の言葉。


それでもいつもより少し掠れた声が微かに、だけど確かに私の耳に届いて、水原の声で紡がれたのはたしかに私に名前だったと実感する。


水原の声で、久しぶりに呼ばれたその名前。

ただ呼ばれただけなのに、信じられないくらいドキドキする。