「ああ。ただでさえ自分に自信がないのに、璃乃が慕う相手は世間に名が知られた建築士。大きな賞まで獲って、もう白旗を上げた。……で、たまたま俺にその時告白してくれた璃緒……名前もそうだけど、笑うとお前に似てる気がして……逃げたんだ」
ごめん、そう言って薫は私の頬を両手で包み込むと、そっと口づけた。
「あ……」
それに反応して声を漏らすよりも早く、薫は唇を離した。
「こうしてお前にキスしたいって、中学生のガキだった俺はいつも思ってた。だけど、俺は大した男でもないし璃乃にふさわしいのは竜也さんのような大人の男だろうって勝手に思い込んで……」
「そして、璃緒ちゃんに逃げた……?」
「ああ。彼女には悪いことをしたけど、結局俺のそんな気持ちは簡単に見抜かれて高校入学してすぐにふられた。そのあと何人かの女の子と付き合ったけどやっぱりうまくいかないし……。璃乃が俺とはちがう高校を受験した時に一度は諦めたんだけどな、やっぱり無理で。しつこく思い続けてた」
不安に揺れる瞳。
薫がこんなに弱気な自分を見せるなんて初めてだ。
私の前ではいつも完璧で余裕に満ちていて、私のことを包み込むような懐の広さを感じていたのに。
「璃乃……」
そう言って私を抱きしめる薫からは、そんな余裕は微塵も感じられない。
私が抱き返さなければ今にも泣きだしそうな震える声はまるで別人のようだけれど。
今の薫も、本当の薫なのかもしれない。
中学の時に距離を置いて以来、まっすぐに彼を見たことはなかった気がする。
ほんの少し視線をずらしながら、それでも視界の片隅にどうしてもとらえてしまう。
そんな付き合い方を私が強いていたのかもしれない。
「薫……あの頃、私のことが、好きだった……?」
薫をぎゅっと抱きしめてその耳元に囁いた途端、強い力で抱き返された。
「あの頃も……今も好きだ。もう、二度と手放したくなくて、こうして一緒に暮らしてるんだ」
「うん……。私も、大好き」
そうでなければ、たとえ両親からの条件だとしても、こうして一緒に暮らすなんてしない。

