「おやすみなさい、野々村さん。」

「お、おやすみなさい。」



青木さん達と挨拶を交わした後、私は部屋に戻り、ベッドの縁に腰掛けて呆然としていた。

まだ頭の中がまとまらない。
青木さんがうちにいることもとても不思議な気分だけど、ここ数日、ずっと私の心を埋め尽くして居たあの事件がすべて嘘だったなんて…



(信じられない…
でも、青木さん達が嘘を吐く筈はないから、これは本当のことなのよね。
青木さんとあの人は結婚しない。
つきあってもいなかった…)



そんなことを考えると、私は自然に嬉しさが込み上げほんの少し頬が緩むのを感じた。
でも、すぐに思い直す。



(たとえ、あの人と結婚しないと言っても、それがなんだって言うの?
私には関係ないことなのに…それに、まだ問題は解決したわけじゃない。
なのに、こんな風に喜んでしまうなんて、私って……)



なんだか、自分自身が利己的でとてもいやな人間に思えた。
それに愚かだ。
あの人と私がライバルかなにかだったら、喜ぶのも無理はないかもしれないけど、私は年齢でも容姿でも素質でも何一つあの人とは張り合えないのに。



『……確かに、カズがあんたみたいなおばさんを相手にするとは思わないけど…』



あの時の、私を見下したようなあの視線…
悔しくなかったわけじゃない。
悲しくなかったわけでもない。



(でも…本当のことだもの…
私は誰が見たって何の魅力もないおばさんだもの。)



年齢や容姿で女の立場は決まる。
ちやほやと誰からも優しくされる人と、そうでない人。
今までの私はもちろん後者。
特に年をとってからは、それを痛感することが多くなった。
露骨に馬鹿にされたり、酷い言葉を浴びせられたり。
そんなことはもう慣れっこ。
こんな私なんだから仕方がない…自分にそう言い聞かせ、心の中とは裏腹な小さな笑みを浮かべる。
いつの間にか、それが私のクセになっていた。



(……私のことを好きになってくれる人なんていない。
そんなことはわかってる。
青木さんだって、もちろん、そう。
でも、青木さんは優しい。
私を傷付けるようなことは言わない紳士だわ。
だから……心の中で、そんな青木さんに憧れることくらい、私にだって許されるはず。
誰にも迷惑はかけないもの。
……そうよね?)



正直言って、少しの間だけでも青木さんと一緒に暮らせるのはとても嬉しい。
青木さんのために、私の出来る事はなんでもしてあげたいと思った。