「カズ、ホテルまで送ってくれる?」

「あぁ、良いよ。」



彼女の泊まってるホテルへは、歩いて十分程の所だった。
酔いを醒ますために、少し風にあたって歩いて帰りたいという彼女と一緒に、俺はホテルへの道を歩いた。
深夜だというのに、それなりに行き交う人はいて、俺はそれが少し心配だった。
彼女はそれなりの有名人だ。
しかも、元々目立つ容姿をしている。
そんな彼女が俺の腕にべったりとくっついて歩いているのだから、誤解されてネットにでも流されないかと心配だったのだけど、当の彼女はそんなことはまるで気にする様子もない。
俺は誰かとすれ違う度に、酔った彼女を心配しているような言葉をかけた。
そうすれば、酔った彼女を送ってるだけの知り合いか何かのように思ってもらえるのではないかという考えからだった。
彼女はもうすぐドラマが始まる。
俺なんかと妙なスキャンダルが出たら迷惑になるだろうし、俺と彼女は恋人同士でも何でもないのだから。

やがて、ホテルが見えて来た所で、彼女が唐突に立ち止まった。



「亜理紗、どうかしたのか?」

「……カズ、今まで困らせてごめんね。
それに…こんな高い物買わせちゃって……」

亜理紗の口からそんな殊勝な言葉が飛び出るとは考えてもみなかった。



「いや…俺の方こそすまなかった。
仕事がん…」

唐突に重ねられた彼女の唇が、俺の言葉を遮った。
俺が呆気に取られている時、眩いライトが俺達の間近で稲妻のように何度も光った。



「亜理紗!やられた!」

男はカメラを抱え、その場から脱兎のごとく駆け出した。
追いかけようとする俺の腕を、亜理紗はぐいと引き止める。



「……大丈夫よ。
事務所にもみ消してもらうから…」

「本当に大丈夫なのか?」

「もちろんよ。
心配しないで。
じゃあ…カズ、おやすみなさい。
今日は本当にありがとう。」



亜理紗は何事もなかったかのように落ち着き払い、ひらひらと手を振ってホテルの中へ入って行った。
俺は、不安を感じながらもどうすることも出来ず、重い気持ちで家路に着いた。