「なによ、その顔…なんて顔してるのよ!
カズ…まさか、他に好きな女がいるの!?」

「……そうじゃない。
ただ、俺には、今、恋愛よりも大切なものがある。
仕事もようやく起動に乗って来たんだ。
スタッフも増えて来たし、やることは毎日山のようにあるんだ。」

「仕事だったら、結婚してからだって出来るじゃない。
いえ、むしろ、家庭がしっかりとしていた方が仕事にも打ち込めると思うわ。」

亜理紗は強い口調でそう言い返して来た。



「……そうかな?
俺の言ったことを信じずに後をつけてくるようなおまえなんだぞ。
仮りに結婚したとしても、ありもしないことでいろいろと詮索されるんじゃないか?
そんなんじゃ、落ち着いて仕事なんて出来やしない。
おまえもドラマの出演が始まったんだろう?
俺なんかとスキャンダルを起こして、その仕事を失ったらどうするんだ?」

「今はそんなことで仕事がなくなったりしないわ。
あなたは、表立った場所には姿を現さないけど、そのことでなおさらあなたに関心を持つ人は増えてるのよ。
そのあなたと私のロマンスは、プラスにはなってもマイナスにはならない。」

「つまり、俺とのつきあいは話題作りのためってことか?」

「そうじゃない!
私、本当にカズのことが好きなの!
だから、結婚したいの!」

なんと短絡的なことを言うんだろう。
こんなことになるのなら、気軽に誘いに乗るんじゃなかった。
今更、そんなことを考えた所でどうにもならないことはわかっていながら、それでも俺の心の中には見る目がなかった自分への憤りと後悔の念が渦巻いていた。



「……とにかく、今夜は帰った方が良い。
ホテルまで送るよ。」

考えるのも煩わしく、俺は毛皮のコートを亜理紗に差し出した。



「いやよ!
私、帰らない!」

「そうか、じゃあ、好きにしたら良い。
俺は帰るから…」

ここも解約して、また新しいどこかを契約することにしよう。
俺はそんなことを考えながら、身支度を整えた。



「いや!
帰らないで!
私と一緒に…」

亜理紗は、俺の腕を取り、ぴったりとその身体を押し当てて来た。



「……悪いな。
俺はまだ仕事があるから。」

亜理紗の身体を押し戻し、俺は玄関に向かった。
背中に聞こえる亜理紗の罵声も、俺は聞き流した。
多少の罪悪感はあったが、これで彼女が俺から離れてくれるならありがたい。



(……俺って冷たい男だったんだな…)

俺は通りに出て、タクシーを捕まえた。