「私、今夜はここに泊まっていこうっと。」

彼女はそう言うと、毛皮のコートを脱いでソファに投げ出した。



「勝手に決められても困るな。」

「良いじゃないの…
もう遅いし、ホテルまで帰るのも面倒だわ。」

「そうか、どうしてもそうしたいのならそうすれば良い。
俺は帰るから。」

「もうっ!何なのよ、それ!
最近、あなた、えらく冷たいじゃないの!
何かっていうと仕事、仕事…
私が誘っても、いつもそう言って断ってばかり!
そんなに冷たくしてたら、私にだって考えはあるのよ!」

亜理紗は目を三角にして俺に食ってかかる。



「考えって何なんだ?
俺は忙しいから忙しいって言ってるだけだろう?
俺の後をつけるなんて、おまえ、どうかしてるんじゃないのか?」

「そう!あくまでも強気なのね。
だったら、良いわ。
私、他の男と浮気してやるんだから!
私に言い寄って来る男はいくらでもいるのよ!」

俺は、亜理紗の言ってることがよくわからなかった。



「おまえ…何か勘違いしてないか?
浮気も何も、おまえは俺の彼女でも何でもないんだ。
誰とつきあおうとそれはおまえの自由じゃないか。」

そう言った途端、亜理紗の顔が真っ赤に染まり、唇がわなわなと小刻みに震えた。



「よくもそんなこと言えるわね!
それじゃあ、私とのことは遊びだったっていうの?」

それは意外な言葉だった。
彼女は俺よりもずっと年下で、美しく人気のあるモデルだ。
近々、ドラマの出演も決まっているようだし、俺なんかよりも魅力的で若い男が選り取り見取りな筈だ。
俺なんかに固執する必要等ない。



「おまえだって、そうじゃないのか?」

「違うわ!
私は、本気でカズのことを愛してる!
私…将来的にはあなたと結婚したいと思ってたし、あなたも同じ気持ちだと思ってた…」

そう言われても、まだ信じられない気持ちだった。
彼女と出会ってまだそれほど経ってはいない。
ろくに話もしたことのないままに、彼女の押しの強さに負けて関係を持ったのは、二度目か三度目に会った時のことだったと思う。
亜理紗は魅力的な見てくれをしているが、正直言って彼女に特別な感情はない。
彼女がどういう性格なのかもほとんど知らない。
それほど、彼女に対して関心がなかったし、お互いがそんなを知る機会もなかったというのに、なぜ、亜理紗は俺のことを愛してる等と言うのか…その方が俺には理解出来なかった。