家に帰ると、私は真っ先に冷蔵庫から取り出した冷たい水を飲み干した。
水は私の食道を気持ち良く冷やしてくれたけど…それでも、まだ気分が落ち付かない。


どうしてしまったんだろう…
私は、なぜこんなに動揺しているのか、自分でもよく理解出来なかった。

青木さんに若くて可愛い彼女がいたから…?
そんなことはない。
青木さんはあんなに素敵なんだもの。
いくら独身だっていっても、つきあってる人がいない筈がない。

……正直言って、私が青木さんにひかれていたことは事実だ。
でも、そんなのは単なる憧れ。
芸能人に憧れるのと同じようなもの。
だって…私と青木さんじゃ、全く釣り合わないもの。
年だって私の方が上だし、見てくれだって、立場だって、何一つ釣り合わない。
そんなことはわかってる。
だから、私は何かを望んだりはしてない。
ただ、青木さんの希望に応えるようにちゃんと仕事をして、それを青木さんが喜んでくれたら、私はそれだけでとても幸せな気持ちになれる。
なのに、青木さんは優しくて、会う時にはいつもおいしいものを用意してくれるし、旅先のお土産も何度もらったことかしれない。
そんなことに特別な意味があるなんて思ってないけど、気にかけてもらえることが私は嬉しくてたまらなかった。



(そうだ…私はほんの少し甘い夢を見ていただけ。
誰だって、憧れの芸能人と二人っきりで過ごせたら、幸せな気分になれる筈だわ。
そして…その芸能人の熱愛スキャンダルをワイドショーで知ったら、なんとなく寂しい気持ちになって…
私は、きっと、今、そういう状態なんだ。
現実に直面してほんの少し寂しい気持ちになっただけ。)




「元気出さなきゃ…!」

私は心の中の想いをわざと声に出した。
そうすることで、自分に強く言い聞かせるために…



「さて…と。
もう少しだけ仕事しようかな。」

私はそんなことまで声に出して言って、パソコンの前に座り電源を入れた。
青木さんに頼まれている美幸さんの小説を読み出し…
いつもなら、私の意志を待たずにすぐに動き出す指が…まるで動かない。



(なぜ……?)



目を閉じて、じっと精神を集中しても何も浮かばず、私の指は全く動かなかった。