「……美幸の奴…まだ、こんなことを…ったく…」

俺は、野々村さんから手渡された原稿を見ながら、小さな溜め息を吐いた。
このところ、ちょっとしたパーティやイベントが重なり、野々村さんに会う時間がなかなか取れなかった。
かと言ってメールで送ってもらうのは万一誰かに見られたら困るという思いもあり、野々村さんから感じたことも聞きたかったということもあって、結局、気にはなりつつも今日まで知ることが出来なかった。
しばらくぶりに会った野々村さんから受け取った原稿には、最近の美幸の様子が記されていたのだけれど…それがまた呆れるような内容で…
俺は原稿に目を通しながら、思わず頭を抱えてしまった。
野々村さんの感覚では、これはほぼ今の状況に近い筈だということだった。
当然こんなケースは初めてのことだし、ただなんとなくそう感じるだけで自信はないとのことだったが、おそらく彼女のその感覚は正しいのだろうと思えた。
それもただのカンなのだけど…
美幸には男の友達が出来、しかも、その相手に恋心を抱いてしまっているようだった。
相手の男は、美幸がシュウとつきあっていることを知っていながら…いや、美幸が一番愛しているのはシュウだということを知りながら、美幸に惚れてしまったようだ。
当のシュウとここあちゃんなる他所の物語の主人公の間にはもちろん何事もないというのに、美幸はどんどんその男にひかれ、あろうことか今にもその男を一線を超えそうになっていて、さらに悪いことには、シュウも美幸に男が出来たことを気付いてしまったようで…
これじゃあ、修羅場を迎えるのは火を見るよりも明らかだ。




「何をやってるんだ、美幸は…
どうして、シュウのことをもっと信じないんだ…」

「ちょうど悪いタイミングでシュウさんとここあさんを見てしまったみたいですからね。
美幸さんは純情だから、たまらない気持ちになってしまって冷静に考えられないんでしょう。」

「本当に馬鹿な奴です。
あ、そんなことより、遅い時間になってしまってすみません。
これでもパーティを途中で抜け出して来たんですよ。
このところ、なんだかこの手の集まりがやたら多くて参りますよ。
くだらないとは思うんですが、仕事の付き合いもありますし出ないわけにもいかなくて…
あ、帰りはタクシーを呼びますね。」

「いえ、大丈夫です。
まだ地下鉄もありますから…
お仕事のおつきあいも大変だと思いますが、頑張って下さいね。
じゃあ、私はこれで…」

「あ…野々村さん…」

彼女はさっと立ち上がり、玄関に向かって歩き出した。
本当はもう少し話をしたかったのだが、そうもいかないようだ。
野々村さんは見送る間もなく、さっさと部屋を後にした。