「カズ、まだすねてんのか?」

「なんのことだ?
俺はなにもすねてなんかいないぞ。」

その言葉に、アッシュは苦笑いを浮かべて肩をすくめた。



あれから忙しくしてたのは事実だ。
あちこちに出張があったりして、家にもしばらく戻れなかった。
でも、ゴーストライターのことが気に入らなかったのも事実だ。
いつからはじめるのかは知らないが、とても会う気にはなれなかった。



「今夜は久し振りに皆で家で食事しよう。
鍋なんてどうだ?」

「鍋か…良いな。」

「じゃ、マイケルに買い物頼んどくよ。
あいつ、今日はオフだから。」

「あぁ…頼む。」



マイケルやアッシュは、いつの間にか日本の食文化にもすっかり慣れ、自分で作れるようにまでなっていた。
どこで覚えたのか知らないが、だしさえインスタント製品を使わず、かなり本格的に作っている。
しかも、味付けはこのあたりで一般的な薄口だ。
彼らが作る料理は、俺の口には少し物足りなさを感じさせる事もあるけど、俺もだんだんその味に慣れては来ている。

今では、経済的にも各自が独立して家を借りる事は十分出来るというのに、なぜだか俺達三人の共同生活は続いていて…
そんなことがまた話題になったりもしている。
世間でイケメンだのなんだのと騒がれていながら、三人共、いまだ特定の相手がおらず、男ばかりで共同生活をしているのだから、それも無理からぬことだ。







「おかえり!
もう用意は出来てるよ!」



家に戻ると、マイケルが俺とアッシュを出迎えてくれた。
なにやら、いつもと様子が違う…

その時、俺は玄関にあった女性ものの靴に気がついた。
お世辞にもセンスが良いとはいえないその靴は、だいぶ履き古されていてくたびれている。
ヒールもぺったんこだし、黒一色のパンプスは何の飾りもなければ手入れをされている様子もない。
俺は、一瞬、マイケルがなんとなくいつもより嬉しそうな顔をしているのは、彼女でも呼んだのかと思ったのだけど、おしゃれなマイケルの彼女がこんな靴をはくとは思えない。
もしかしたら、年配の女性なのかもしれない。
と、いっても母さんもあんな靴は履かないし、俺達に関わりのある女性でああいう靴をはきそうな人は…
俺にはそんな人物に思い当たる者はいなかった。