「……違うんです…」

「違うって…何が違うんですか?」



野々村さんは俯き、そのまま口篭もった。
俺は何か野々村さんの気に触るようなことでも言ってしまったのかと、今話した言葉をもう一度頭の中で思い返した。
だが、思い当たることはない。
どういうことかと訊ねようとした時、野々村さんの唇が小さく動いた。



「私……ショックだったんです。」

「え…?あぁ、だから謝ったんです。
亜理紗があなたのことを…」

「そうじゃないんです!」

野々村さんは、涙で潤んだ瞳をまっすぐに俺に向けた。



「そうじゃないって……」

「私…亜理紗さんに酷い事を言われたのがショックだったんじゃなくて……
そ、その……
私がショックだったのは…亜理紗さんが青木さんとおつきあいされてるってことで…」

「……え…?」

「し、心配しないで下さい。
私、青木さんにご迷惑をかけるようなことはしません!
い、今言ったことも忘れて下さい…!」

野々村さんはそう言って、まるで顔を隠すようにして深く俯いた。



意外だった…
野々村さんが俺にそういう気持ちを抱いてくれていたことが…
だけど、考えてみれば、彼女は俺と同年代の女性で……



「野々村さん…」

俺は立ち上がり、手を伸ばして野々村さんの肩を抱き…そして、彼女の唇にそっと口付けた。
それは、まだ若い少年少女がするような軽いキスだったのに、今までにない位、俺の心臓はドキドキとときめいて…



(ヤバイな…)



それ以上続けたら歯止めがきかなくなりそうだったから、俺はそっと唇を離した。
そもそも、俺はなぜそんなことをしてしまったのか、その理由は自分でもよくわからなかった。




「すみません。」

「……あ、青木さん……ありがとう。
あ、わ、私…勘違いなんてしませんからご心配なさらないで下さい。
今のは夢だとわかってます。
さてと…早く続きを書かなくちゃ!」

野々村さんはそう言って、慌しく席を立った。