「おじいちゃん、大丈夫!?」

「そんなに慌ててかきこむからだろ!」

咳き込む賢者の背中を、心配そうな顔でひかりがさする。



「そ、そうは言うても…こ、こんな上等な肉を食べるのは…久し振りのことじゃからな。」

涙を拭いながらそう話す賢者に、俺とひかりは苦笑いを浮かべた。



あれから俺達は三人で夕食の買い物に出掛けた。
滅多に町の方には出てこない賢者は、スーパーでの買い物にも大はしゃぎで、俺やひかりの気持ちも和んだ。
いつもとなんら変わらない平凡で穏やかな時間…



(……これが最後だなんて…)


買って来た食材を使い、三人で夕食の準備をする。
どことなく、よそよそしかったひかりの様子も、いつの間にかいつもと変わらない自然なものに戻っていて…



三人で囲んだ食卓は、少しも不自然な所のない賢者が遊びに来た俺とひかりの家の1シーン。
だけど、俺とひかりの関係は今日で終わり…
そのことがまるで夢かなにかのように思える半面、心の中ではもう一人の俺がそのことを叫び続けている。
現実を忘れるなと…



「はい、おじいちゃん、
今度はゆっくり食べてね。」

すき焼きの肉を小皿に取り分けたひかりが優しく声をかける。



「まだたくさんあるんだから、慌てなくても大丈夫だからな。」

賢者は、俺とひかりに代わる代わる頷いて、大きな口で肉を頬張った。



(……今夜で終わり…
こんな時間は、これでもう終わりなんだ…)



少し前までは、あたり前だと思ってた日常が、突然なくなってしまうなんて…
俺はそんなこと、考えた事もなかった。



「シュウ、何をぼんやりしとるんじゃ?」

「ぼーっとなんかしてないさ。
じっくりと味わってたんだよ。
なんせ、俺は誰かさんと違って舌が肥えてるからな。」

「なんじゃと!?
わしを味音痴みたいに言いおってから…!」

子供みたいに頬を膨らませる賢者に、俺もひかりも笑った。



食事が終わると、俺とひかりは一緒に後片付けをして…そして、三人で他愛ない話を交わした。
この世界に来た時のこと、友達のこと、ファッションのこと…
俺の本当の気持ちをひかりには絶対に言わないようにと賢者には釘を刺しておいたのだが、奴はその約束をしっかりと守ってくれた。
他愛ない話で、俺達は思いっきり盛りあがって笑って…



ただ、誰もひかりの新しい彼氏のことについて触れなかったことが、俺には少し辛かった。