「……ど、どうして…」

俯いて涙を拭いながら、野々村さんが小さな声で問い掛けた。
その問いは、きっとあの能力についてのことだと思う。
野々村さんがあの能力を完全になくしてしまったら、俺は美幸のことがまた何もわからなくなってしまう。
もしかしたら、彼女の能力を使って美幸とどうにか連絡を取れるようになるかもしれないとか、そんな希望を抱いていたのも事実だ。
だけど、もうそんなことは頼めない。
彼女の深い傷を知ってしまった以上、長年彼女を苦しめて来たそんな能力を使ってくれなんて、もう言える筈がない。



「……もう良いんです、妹のことは…
俺……本当はもう諦めてたんですよ。
これまでに一体どれだけの人に依頼したことかわかりません。
それでも、たいしたことは何もわからなかった。
だから…あなたのおかげで、あいつがいろいろありながらもなんとか元気でいることがわかっただけで十分です。
本当ですよ。
……良かったじゃないですか。
これでもうあなたはあの能力のことを引け目に感じることもない。
誰かにバレやしないかと怯えることもない。
……少し酷な言い方かもしれませんが、あなたを押さえ付けてこられたお父様も亡くなられた。
あなたはもう何者にも気がねすることなく…」

「やめて下さい!」

野々村さんの感情的な声に驚き、俺は反射的に話すのを止めた。




「お、お父さんは悪くないんです。
私が…私がお父さんの望んだように生まれなかったから、そ、それで…」

「……すみません。
あなたのお父様を悪く言うつもりはなかったんです、ただ…」

「……わかってます。
わかってるんです、青木さんのお気持ちは…
ありがたいと思ってます、本当に。
だ、だけど……」

彼女は今でも両親を愛している。
大切に思っている。
たとえ、どんなに深く傷付けられようと、彼女は父親を愛しているんだと、その時、俺はようやく気が付いた。
考えてみれば当然のことなのかもしれない。
どんな状況であれ、身内の悪口は言ってはいけないものなんだと思い知った。



「野々村さん……今夜は飲み明かしませんか?
飲めなかったら傍にいてくれるだけで良い。
……良かったら、俺のこと…もっと聞いてもらえませんか?」

野々村さんは一瞬戸惑ったような顔をしたが、やがてゆっくりと頷いた。