(この人はこんなにも深い闇を抱えていたのか…)



俺の胸の中に顔を埋めてすすり泣く野々村さんは、俺が知っている彼女とは別人のようにか弱く、まるで小さな子供のように思えた。

今日の俺はどうかしてた。
普段の俺は、自分の身の上を話したりなんかしない。
たとえ訊ねられた所で、なんとなく話をはぐらかし、ちゃんと答えたことはなかったと思う。
それほど深酒をしたわけでもないのに、なぜ、あんな話をしてしまったのか、俺にはその理由が全くわからなかった。
そのせいで、こんなことになってしまった。
野々村さんが、心の奥底に封じこめていたいやな記憶を引き出す結果となってしまった。



(可哀想なことをしてしまった…)



そう思う反面、俺に話すことで少しでも彼女の心の負担が軽くなるのなら、俺はいくらでもそれを受け止めてやりたいと思った。



(俺には全然わかっていなかった。
特別な能力を持った人間にそれなりの苦労があることはわかっていたつもりだったが、彼女は俺が考えていたよりもずっと深く傷付いていたんだ。)



そう思うと、俺は彼女が気の毒でたまらない気持ちになっていた。
自分のことを否定して生きることがどれほど辛いものか、俺にはよくわかる。
俺自身がそうだったから…
でも、彼女の境遇は俺とは比べものにならない程、酷いものだ。
実の親から、何の取り柄もないだとか、しかも容姿のことまで言われ続けたら…そして、なんとかそれを撥ね退けようと精一杯頑張ってもそれが報われることがなく、その上、誰にも打ち明けることの出来ない厄介な能力まで背負っていたら…
……あらためてその気持ちを考えると、俺の腕に力がこもった。



「野々村さん…本当によく頑張ってきましたね。
これからは、いやな記憶は忘れて、あなたらしく生きて下さい。
……もう、あの能力のことも考えることはありません。」

「……えっ?」



野々村さんが驚いたような声を出し、不意に顔を上げた。
真っ赤になった瞳で俺をみつめ、そしてゆっくりと俺から身体を離した。