「私…子供の頃からいつも父の顔色ばかり見て…いつの間にか何も自分の意見が言えなくなってて…
それはどこに行ってもそうでした。
短大の時に初めてバイトをしました。
ファミレスの皿洗いです。
そこで、三つ年上の同僚につきあってほしいと言われました。
その人はごく普通の大学生で、仕事の用事以外特に親しく話したことさえない人で…だから、私はその人に対して特別な感情は何も持ってませんでしたが、こんな何の取り柄もない私とつきあってくれる人なんていないとずっと思ってましたから、嬉しくなって素直に承諾しました。
初めてのデートの日、喫茶店でお茶を飲んだ後、ビデオを見ようと彼の部屋に誘われました。
男性の部屋に行くのも初めてのことでした。
……部屋に着いた途端、なんとなくその人の態度が変わりました。
でも、身の危険を感じた時にはもう遅く……
そんな時でさえ私はいやだと言う事も出来ず…哀しくて辛い出来事だったけど、彼はきっとそれほど私のことが好きなんだと思いこむようにしました。
それからも、彼は私を度々部屋に連れこみました。
彼には少しも愛情を感じるようにはなりませんでしたが、彼は私のことが好きなんだからなんとかそれに応えようと…そう考えてました。」

「野々村さん…もう良い…」

私は青木さんのその言葉を無視して話し続けた。
まるで、懺悔でもするように、私は心の中の重い荷物を吐き出し続けた。



「その数ヶ月後、彼は突然バイトをやめました。
それ以来、彼から連絡が来る事もなく…」

「野々村さん…もうやめましょう。」

「……その後も、みんなそんな感じです。
就職してからも、私に言い寄って来るのは、皆、似たような人ばかり。
私は彼らの欲求の吐け口で、その上、お金を貸してあげたこともありました。
もちろん、返ってなんて来ません。
……そんなこと…最初からわかってた…
わかってたけど、わ、私は…いやだと言うことが出来なくて…」

ずっと我慢してたのに…ついに、私の瞳から涙の粒が零れ落ちた。



「もう何も言わなくて良い…」

(あっ……!)



唐突に青木さんが、私の身体を抱き締めた。



「……そんな奴は、世の中の屑だ。
悪いのはそいつらで、あなたが悪いんじゃない。
あなたは何も悪くない…
……そんな記憶はもうすべて忘れなさい。
覚えておく値打ちさえない…!」



温かい青木さんの胸の中で、私にはその声がまるで神様の声のように聞こえた。
私の心の中に長い間居座っていたどす黒い澱みを、浄化してくれる天の声のように…