「……落ち着きましたか?」

「は…はい。
取り乱してしまって、本当に申し訳ありません。
もう大丈夫ですから…本当にごめんなさい!」

野々村さんはそう言いながら、何度も何度も頭を下げた。



あれから俺は、野々村さんに何倍も水を飲ませ、食べる物をすすめた。
野々村さんは泣きながら、俺の言う通りに飲んだり食べたりしてくれた。
元々、飲んだ量もたいしたことはなかったためかか、それとも飲食のおかげなのか、幸いにも比較的早く野々村さんの酔いは覚め、それと同時に涙も止まった。



「……すみません。
俺が、ワインをすすめたりしたから…」

「ち、違うんです!」

野々村さんは大きな声で否定し、その顔はまた泣き出しそうなものに変わった。
話を蒸し返すのも良くないと思ったが、野々村さんの否定の仕方はとてもきっぱりとしたものだ。
あんな風に泣き出したのにはなんらかの事情があったのか?
だが、それを訊ねて良いものか躊躇い、俺はすぐには言葉を返せないでいた。



「青木さん…本当にごめんなさい!
私…私……美幸さんの小説が書けなくなってしまったんです。」

「……え?」

野々村さんが発した思い掛けない言葉に、俺は反射的に問い返していた。
美幸の小説が書けない…?
野々村さんが盛んに詫びる理由はそれだったのか?
だけど、書けないとはどういうことだろう?



(……まさか…!?)



「野々村さん、はっきりおっしゃって下さい!
美幸の身に何かあったんですね?
だから、あなたはそんなことを…
何があったんです!?
どんなことでも構いません!
どうか、隠さずに教えて下さい!」

「ち、違うんです!
私…本当に隠し事なんてしてません。
急に…私のあの能力が消え失せて…何も感じなくなってしまったんです。
……美幸さんのことだけじゃないんです。
青木さんのことも感じなくなって…
以前みたいにブログも書けなくなって…」

途切れ途切れに話す野々村さんの言葉を聞くうちに、俺は少し前のことを思い出していた。



(そうだ…このところ、亜理紗のごたごたですっかり忘れていたが、野々村さんの書いてくれてるブログがどこかおかしいとマイケルと話したことがあった。
野々村さんに連絡してみないといけないと思ってた矢先、あんなことがあって…)



「ごめんなさい!
青木さん、本当にごめんなさい!」

俺に向かって深く頭を下げる野々村さんの瞳から、また涙が零れ落ちた。