「そうそう。それで良いんです。
このまんま、しばらく待ちましょう。
あ、かきまぜちゃだめですよ。」

「は、はい。」



夕方になって、野々村さんはアッシュに料理を教えてもらうんだとはりきって台所に入った。
以前、料理は嫌いだと言ってた筈なのに、一体どうした風の吹き回しなのか…
台所から聞こえて来る声の様子から、野々村さんの悪戦苦闘ぶりがうかがえる。

俺達が突然押しかけてきたことで、野々村さんは迷惑していると思うのだけれど、彼女は少しもいやな素振りを見せないどころか、必要以上に気を遣ってくれている。
それはとても申し訳ないと思うのだが、不思議と野々村さんの様子はいつもより楽しそうにも見える。
普段一人で暮らしていると、客が来るだけでも煩わしく感じるのではないかと思ったが、野々村さんは少しもそういう顔をしない。
彼女は裏表のある人ではないから、あれがすべて嘘だとは思えないのだが…



(もしかしたら、彼女は寂しかったんだろうか…?
だから、俺達のことも歓迎してくれている…?)



俺はそんな虫の良いことを考えた。
それにしても、彼女のご両親はどうされたんだろう?
今は、寿命も延びている。
彼女の年齢から考えても、ご両親はまだご存命なのではないかと思うが、年齢だけではそういうことは言いきれない。
それに、もしも、亡くなられたのが最近のことだったりしたら、彼女に悲しい想いをさせてしまうことにもなりかねない。
だから、こちらから御両親について訊ねることはしなかった。
美幸のことも知りたいのはやまやまだが、アッシュが常に傍にいるから、訊く機会はない。



(俺がこんな状態なのに、美幸のことをとやかく言える立場じゃないが…
あれから、一体、どうなったんだろう…
まさか、シュウと別れるようなことになっちゃいないだろうな…)



こんなにゴタゴタしていても、やっぱり美幸とシュウのことが気にかかる。
もちろん、亜理紗のことも別の意味で気にはなっていたが、彼女のことを考えて苛々する事はほとんどなくなっていた。
それは、ここでの生活がなんとなく心地良いせいかもしれない。