「実は、お前が通ってた教室は、去年閉めたんだ。今は、ここで塾長してんの」

 そう言って、黒いビジネスかばんのポケットから名刺入れを出し、そのうちの一枚を深空に差し出した。彼女はそれを受け取り、中身を確認する。

「へぇ~… …にしても、なんでここの本屋にいるの?」

 受け取った名刺に書いてある新しい教室は、ここから電車で数駅先が最寄駅りだった。

 深空はつい雄二の顔を覗き込むようにそう尋ねてみる。

「まぁー、なんだかんだ、ここは長いこと通ってたから、勝手もよく解ってるってゆーか、小学生程度の教材はここでも充分だからな」

「なるほどねー」

 彼に向き直り、ニコッと笑って答えると、携帯の着信音が鳴り出した。

「あ、あたしだ」

 深空はかばんに手を突っ込み、内ポケットに忍ばせている携帯を取り出した。

「じゃぁ、俺行くわ」

「うん。先生、またね。会えてよかった」

 手を振り、笑顔で見送ろうとした深空に雄二はくるりと振り返り、「今度さ、遊びに来いよ」と付け加えた。