「ちょっ! やめてよ…!」

 深空はそんな彼から逃れようと、彼を軽く突き飛ばした。すると、伸夫は彼女の両肩を掴み、顔を覗き込んで来る。その顔は、もう何日も寝ていないような血の気の引いた顔色で、相当やつれていた。

 伸夫は、もともとそんなにガッチリとした体型ではない。しかし、今の彼の姿は、深空が知っている彼ではなかった。体は以前よりもずっと痩せ細り、頬がこけている。

 しかし、愛おしそうに深空を見るその目は、やたら輝いていた。そんな彼の姿を見て、深空は完全に引いていた。

「電話、どうして出ないんだよ。心配するだろ」

 伸夫の大きい手で深空の頬を挟み、なだめるように彼は言った。

「…ちゃんと言ったでしょ。もう、連絡して来ないでって…」

 そんな伸夫の顔を直視できず、深空は思わず後退りし、下を向く。伸夫は、そんな彼女に一歩近づき、彼女のあごに指を添えて、クイっと上にあげた。

「お前すべてを解ってるのは、俺しかいないのに…」

 間近に迫る、伸夫の顔…

 哀願するような彼の目は、気味の悪いほど充血していた。

「伸夫、あたし…」

 深空が言いかけると、伸夫は急に深空の手を取り、反対側の歓楽街方面の出口に向かって歩き出した。

「…どこ行くの?」

 深空は眉をひそめて伸夫に尋ねるが、伸夫はそんな深空とは正反対に笑顔で彼女の手を引いていく。その笑顔が余計に深空を不安にさせていた。