窓辺に立ち、雄二が携帯で話をしている間に、すっかり支度を済ませた深空は彼の部屋を後にした。外階段を下りると、深空は振り返って二階のベランダの窓を見上げた。

 人影が揺れているのが微かに見える。

 深空は小さく手を振ろうとしたが、とっさに引っ込めた。そしてそのまま何事もなかったかのように、駅へと歩き出したのだ。

 地元の駅に着く頃には、太陽もだいぶ昇っていた。

(…眠い)

 欠伸する口を手で覆いながら、行き交う人の群れに逆らって、駅舎を出ようと歩いていた。

 そんな隙だらけの深空の姿を、遠くから捕らえている人影がひとつ。息をひそめ、気配を感じさせぬようにしたその人影は、確実に深空に近づいていた。

 深空は、全く気付く気配はない。何となく足取りが重く感じていた深空の手から、するりと白い定期入れが滑り落ちていった。

(あ…)

 拾おうと彼女が屈んだ時、それを見計らって飛び出してきたその人影は、落ちた定期入れを拾い上げると、ゆっくりと彼女に差し出した。