(まだ先生が出てこない…! 早く…!)

 すると、そんな彼女の電話をかける手にそっと手を重ねたのは、翠だった。

「死んだって、綺麗さっぱりと無くなることなんてないのよね…?」

 翠は確かめるように深空の目を覗き込んだ。その悲痛に満ちた彼女の顔を見た深空は眉間にシワを寄せる。

 その時だった。

 手も足も出ないというのは、こういうことをいうのだろうか。あまりの早さに、深空はただ目の前で起きたことを、見ることしかできなかったのだ。

 本当に一瞬の出来事だった。何のためらいもなく、彼女は深空の視界から消えたのだ。

 握っていた携帯を落としてしまったことすらも気付けないくらい、あっという間のこと…

 深空の手の平には、微かに残る、翠の冷たい手の感触。目の前では、ギシギシと木製の柵が揺れていた。