今まで感じたことのない感情―

 彼女には、コントロールができなかったのだ。

「…それ、大事なものなんだよね…?」

 そこでようやく、深空は雄二の目を見つめた。彼女の虚ろな瞳は、揺れていた。

「先生だって、あたしがまさかのぞくとは思ってなかったよね…?」

「深空」

 雄二は深空をきつく抱きしめた。しかし、深空はそれを拒否したのだ。

「…ごめんなさい」

 ポロポロと涙をこぼし、深空はそう口にした。

「何でおまえが謝るんだよ」

 深空の両肩を掴み、雄二は彼女の顔を覗き込んだ。

「違うの。…あたしいろいろ考えた」

「何を…?」

「これからあなたの家に行って、曰く付きの姪の女の子に会って、あなたの愛してた人の旦那さんに当たるお兄さんに会って… うまくいくのかな…って あたし、気がおかしくならないかなって…」

 雄二は、彼女の本音を聞いた気がしていた。

「そこには、決して消せない、陽菜さんがいる…」

 深空は自分の肩を抱いた。

「初めてだよ、こんなふうに感じるの。いても立ってもいられないの。何も手に付かなくて、寂しそうに笑うあなたの顔が頭から離れない…」

 頬には涙が光っている。

「こんなに近くにいるのに、死んだ人に敵わないなんて、なんかすごく惨めになるよ」

「…深空、聞いてくれ。俺は思い出のためだけにこれを持っていたわけでは…」

「…知らなければ、こんなふうに思うこともなかったのに…!!」

 深空は自分の耳を手で塞ぎ、目を閉じた。そして、腕を掴む彼の手を振りほどき、立ち上がる。

「あたしは、一緒には行けない…」

 深空は最後にそう言い残して、そのまま部屋を出て行った。