「そろそろ帰るね」

 帰り支度を済ませてそう告げた深空は、コートをハンガーから外した。
「…気を付けてね」

 コートを着込む彼女に、逸子は言った。深空は、ニコッとうなずきリビングを出る。そして、家を後にした。

 すぐに電話に出られるよう、深空の手には携帯が握られていた。

 凛と冷える寒空の下、漏れる息は本当に白く、深空の目には切なく映る。わざと、ふぅーっと息を吐いてみる。

 ひとりで待つのは、本当に長い…

 彼女が不意に立ち止まり、見上げた夜空を何となく眺めていたとき、手の平の中の携帯が鳴り出した。深空はすぐに電話に出た。

「…もしもし」

『深空?』

「うん…」

 しばしの沈黙…。彼女は、雄二の言葉を待っていた。

『ついさっき、親父が逝った…』

 その口調は、愛しさと悲しみに溢れていた。

「うん…」

 彼のその感情を一身に受け、深空は胸がいっぱいになった。

『親父が逝く前に、話ができたんだ。…お前のこと、話しておいた。そうしたら、一筋の涙が流れてきて、小さくうなずいてくれた』

「…うん」

『…絶対に幸せになるぞ』

 涙を隠し、決意するように雄二は言った。そんな彼の優しい声が深空の耳に響いている。

「うん…!」

 落ちる涙を手で拭いながら、深空は大きくうなずいた。