『あら、そう。よかったじゃない。父さんも敬吾も、心配してたから…』

 電話越しで安堵の表情を浮かべていたのは、節子であった。

「そんなわけで、引越しも取やめだからさ。この部屋の再契約もできたし、仕事も休んだ分溜まってるし、しばらくは忙しいよ」

 苦笑いを浮かべて話す、雄二。しかし、すぐに真剣な面持ちとなり、また口を開く。

「母さんには、本当に心配かけてごめん。…ありがとね」

 雄二がそう言うと、受話器の向こうから、微かに鼻を啜る音が聞こえていた。ほんの少しの沈黙を破り、節子がしゃべり出す。

『あんたが本当の幸せを見付けてくれて… 良かった… 守るものがあんたにあって、本当によかっ…っ…』

 いつも気丈で、目の前の出来事を冷静に受け止め、分析し解決法方を導き出す彼の母が、今、心からの本心を口にして涙していた。

 節子は、雄二の恋人だった陽菜のことを想い出し、雄二が辛い思いをしていたときに何もしてあげられなかった悔しさを思い出していたのだ。だから、こうして彼にとって深空がどれだけ重要であるか、改めて身に染みていた。

「いろいろ落ち着いたら、今度こそアイツを連れて帰るから… 待ってて」

『えぇ。連絡、待ってるからね』

 節子のその言葉にうなずき、彼は通話を切断した。