(…もういなかった)

 さっきのホテルに引き返してみたが、部屋はすでにもぬけの殻だった。

 トボトボと駅までの道を歩きはじめると、もう太陽は随分と高く昇っていることに気が付く。

 ビルとビルの隙間から射す朝日を浴びて、まだ眠りから覚め切らない街に深空は立ち止まった。いつもなら人であふれているこの街にも、穏やかな風が吹き抜けていた。そんな陽気とは反対に、深空は、本当のことをえぐり出したいと、気持ちが逸っていた。

 その時、コートのポケットに入っている携帯が急にブルブルと震え出した。急いで取り出し、電話に出る。

「もしもし…」

『お前、誰を探してるんだ?』

 電話越しの声を聞いたとき、深空は自分の周りを必死に見渡す。しかし、探しているその声を見つけだすことができなかった。

「どこにいるの?!」

 抑えられず、深空はつい感情的なまま叫ぶ。

『なんで一人で帰った?』

 深空とは対照的に、雄二の口調は冷静だった。

「あたし、気付かなくて… ごめん…」

 深空は携帯を耳に当てたまま、涙を流しヘタヘタとその場に座り込む。こぼれる涙は、地面へと染み込んでいった。

「もうどこにも行かないで…!」

 人目も憚らず、深空は一生懸命に自分の気持ちを訴える。こどものようにわんわん泣く彼女は、しきりに「会いたい」と繰り返していた。