突然向い合ってきたかと思いきや、私の横髪を退けて頬に触れてきた。

「なんて、ツラしてんだよ。ブーちゃんは可愛くないぞ?」

ブーちゃん?

う、嘘っ?!

そんな酷い顔してる?

照れながら、その男の視線に合わす。

ポツリと言ったのだ。

「アホだな、おまえ」

「うん…」

私は素直に、頷いてしまった。

「よしよし、いい子だ…行こっか」

私はまた、縦に頭を振った。

わざとカップルを装うために、男は私の肩に手を回して、二人で寄り添って歩いた。

どうしよう…。

こんな事が現実に、起こっていいの?

私はドキドキしながら、その男の胸の温かみを感じていた。

元彼が気になって振り返ろうとした瞬間、

「見てやんなよ。未練残すような行動すんな…」

そう言われて私は俯いた。

「俺が変わりに見てやる…」

チラッと男は振り返る。

「まだ居ます?」

そう聞くと意外な言葉が返ってきた。

「居るよ。気の毒だけど、落としてやるしかなさそうだな…」

「えっ?…」

私はその男を自然と見上げた。

…チュッ…

おでこに触れるか触れないかで。

軽くキス。

間違いなく演技なのに、確実にキスだった。

「笑ってみ?」

その言葉に、言われた通りニンマリ笑ってやった。

そしてまたチラッと男は振り返ると、

「おっ、やっと車に乗り込んだぞ。これで無事にフンギリついたって感じだな」

「あ、ありがとう…」

真剣に恥ずかしい…。

本気で恥ずかしい…。

どうしよう…。

こんな我の強い事されたら、私持ってかれちゃう。

私の心、グイグイ持ってかれちゃうよ。

「で、あんたの家はどこなの?とりあえず送ってあげるよ。引っ越し屋にちょっと一言言っておかねぇとな…」

引っ越し屋?

「わ、私の家はここですけど」

「はぁ?」

「だから、ここの201号室」

私は指を差した。

「はぁぁ?森ノ水アパートの、あんた住人?!」

男は、慌てて私から離れて遠目で私を見た。

「しかも201って、俺の真上かよ」

真上って、まさかこの男が私の真下に引っ越してきたって訳?

でも何で、そんな嫌な態度に突然変わるの?

「…チッ」

露骨に舌打ちしやがったし。

ってか、コイツのこのムスッとしたツラ。

コイツ、本性は性格悪いんか?

「こんな木造集合住宅なんて、年金暮らしの年寄りか訳有り人間しか、住んでないと思ってたのに…」

うわぁぁ…。

清々しい朝なのに、よくもまぁ毒舌かますよね、コイツ。

「しかも緑色に塗り替えて、ミドリムシみたいでキモチ悪ッ!」

ちょっと待ったぁぁーーっ!!

私の気に入ってる部分を否定されたら、こっちも黙ってないよぉぉ!

「引っ越してきた初日に愚痴るか普通…。そんなに不満なら別の場所に変えたら?この森ノ水アパートはこの緑色の外見で住む人も、ここを通る人も絶対癒されてんだからね!」

私の癒しを悪口で語るな!

「アホだなぁ、おまえ…」

キュン…

やだまた、それ言うから。

意味分からんタイミングで、心臓が縮まった。

いかん、今のはただ単にアホだと愚弄されただけ。