私たちが長崎から下関へと移った時、
周囲は幕府との開戦の話題で持ちきりだった。


毎日のように晋兄の周辺の動きは慌ただしくなった。


坂本龍馬の仲介によって薩長同盟が結ばれ、
開戦になった際に、一番警戒されていた薩摩からの攻撃はなくなった。

晋兄が幕府との戦に備えて揃えたがっていた武器は、
薩摩藩の協力で着々と届いていた。


そんな中、私たちがいる下関に突然姿を見せたのは雅姉さま。


雅姉さまは、ここに踏み込んだ途端に、おうのさんと鉢合わせしてしまって
周囲にいる私たちのほうが修羅場になるんじゃないかって構えてしまった。


それでもおうのさんが、晋兄についてきている仲間たちの食事の世話を頑張り始めると、
負けじと張り合う様に、雅姉さまもこなす。


そんな二人の張り合いを見ながら「高杉さんも雅さんには弱いと見える」なんて晋兄は遊ばれる始末。


雅姉さまを慰めることもしなければ、おうのさんをかばうわけでもない。
ただ晋兄が奏でる三味線の音色と唄が周囲に広がるのみ。


最初はピリピリと警戒して顔色を窺っていた人たちも、
自然とそれが当たり前のように酒を酌み交わすようになる。


そんな賑やかな宴が終わって後片付けが終わった後、
雅姉さまはその場所をゆっくりと離れた。



「雅姉さま?」

「舞、晋作に話を付けてまいりました。
 あなたは、あの女の子を知っていたのね」



そう言ってまっすぐに見据える雅姉さま。


「そう。

 私が高杉の家の為に尽くしている間、
 おうのさんが晋作を支えてくださってた。

 あの人の存在が、晋作にとってどれほど大きかったのか理解できるはずなのに、
 心と思いはうまくいかないわね」


「……姉さま?」

「舞、あなたもつらかったわね。

 晋作とおうのさんの存在を知りながら、
 私に告げるのはためらわれたでしょ?

いくらその名を知っていたとしてもあったのは、知るのと会うのは別ものですね。
 お会いしたのは先が初めてでしたから」


雅姉さまの優しい言葉に、
私はただ黙って俯くことしか出来なかった。



私も痛いほど、雅姉さまの気持ちがわかるから。


私もずっと、おうのさんの存在が晋兄にとって大きいと知りながらも、
雅姉さまとは違う人が傍に居続けることにずっと、モヤモヤして心が晴れずにいたから。