練習だから助かっただけ……。


そう思ったら、ドキドキしていただけの心臓から今度は体の力が抜けていく感じがして、
道場の隅へと移動した。



「見回りに出てたなら、間違いなく斬られていたね」


一息入れかけた私の傍には、何処かへと出かけていたらしい沖田さんが姿を見ていて、
事実には違いないけど今の私には無情な言葉を降り注いでくれる。


「その甘さ、何時か山波の首を絞めるよ。
 ただ平助の一瞬の隙を見抜けたその眼だけは褒めてあげるよ。

 その一瞬の隙をお前ごときに気が付かせたのは、
 平助の油断だろうけどね。

 油断しすぎなんだよ」



最後の一言は、小さく呟くようで……。
そのまま沖田さんは黙り込んでしまった。



「沖田さんは何処にお出掛けしていたんですか?」


話題を変えたくて、壁に持たれるように立ち上がって問いかける。


「出掛けてた場所?
 あぁ、診療所」


診療所。

そうやって言いたくなさそうに教えてくれた、
沖田さんの言葉に、歴史に疎くても知っている沖田さんの病気が少しずつ牙をむきはじめているのを知った。




そしてその夜、京に現れたらしい桂小五郎を巡回中に見つけたと一報を受け、
沖田さんや土方さんたちが率いる部隊が、桂さんたちと交戦。


その後も伏見奉行所が寺田屋へと押し入って坂本龍馬の捕縛もしくは暗殺を仕掛けるなど、
京では慌ただしい日々が続いた。

その数日後……長州と薩摩が手を結んだかも知れないなんて言うそんな噂を耳にした。


新選組内部でも何でも隊費を使い込んだとの理由で、
勘定方の河合耆三郎【かわいきさぶろう】さんと言う人が切腹させられた。


それは近藤さんが二度目の広島へ出掛けている最中での出来事だった。


私は直接関わることがなかった隊士さんだったけど、
それでも一時期、騒然となった屯所内は殺伐とした緊張感が常に続いていたようにも感じた。


その事件が不穏な風を次から次へと招き入れてきたのか、
京都東山でにて谷三十郎さんと言う人が死体で発見されるなど、
ここ新選組内でも、隊士たちの心を乱し続ける出来事が続いた。


それでも時間は止まることもなく、流れ続ける。

この後に続く悲しい出来事への序章のように、
不穏な風はまとわり続けていた。