今年の初めごろには長州藩士がクーデターを起こし、
幕府の権威は低迷中。
そんな長州を良く思わない幕府は、第二次長州征伐に向けて動き始めていた。
そんな噂を耳に入れながら長州に居るであろう舞の安否を気遣いながら、
季節は過ぎていった。
何時しか江戸に向かって隊士を募集しに行っていた土方さんも、
屯所へと戻ってくる。
鬼の副長と恐れられる土方さんが戻ってきたのと同時に、
再び、ピリピリとした空気が漂うようになっていた。
更に季節は過ぎて秋の終わり。
ふと私が洗濯をしていた庭に姿を見せる総司。
「総司、どうかした?」
「近藤さんが広島に行くことになった」
「広島に?」
「そう。幕府方の大目付・永井様の従者として広島に行く」
幕府方の大目付……。
確か、永井尚志【ながい なおゆき】。
確か近藤さんが自分の死を覚悟して、敵地に乗り込んだとされてる広島行き。
新選組の局長代行職を土方さんに託して、
天然理心流の後継者に総司をと遺言にしたためたんだっけ……。
「総司も行きたかった?」
「そうですね。
こんな体でさえなければ、常に近藤さんの傍にいて彼を守る刀で居たかった……。
伊東さんや、武田さん、山崎君たちは共に行けるのに、
僕は同行することもままならない」
確か……同行するのは、
武田観柳斎・伊東甲子太郎・山崎烝・吉村貫一郎・芦谷 登・新井忠雄・尾形俊太郎・服部武雄だったはず。
「ねぇ、総司。
総司は反対すると思う。
だけど、総司の代わりに私が近藤さんのお供をさせて貰ったらダメかな?
広島に行くんだよね。
花桜は花桜で自分の道を歩き出してる。
だけど、私はまだ足元すら踏み固まってないんだ。
鴨ちゃんが傍にいてくれたから、この世界で生きることが出来て、
鴨ちゃんがなくなった後は、総司が居てくれるから私の居場所が得られてる。
だけどそれじゃ本当はいけないんだって、随分前から気が付いてた。
気が付いてたけど、気づかない振りを続けてたんだ。
だけど……同じように向こうの世界から来て、それぞれの道を歩き出した花桜と舞を見てたら、
私も本当に意味で、この現実と向き合わなきゃって思ったの。
花桜は京から離れることなんて出来ない。
だったら私が自分の意志で、京から離れて舞がいるかも知れない萩に行くことが出来たら……そう思ったの。
近藤さんに頼んじゃダメかな?
私を広島に一緒に連れて行ってほしいって」
突然言い出した私に、総司は驚いたような表情を見せた。
そして少し寂しそうな表情を浮かべる。
そんな総司の表情を見ていていると、決心が揺らぎそうになるけど
ここは私もひけない。
ようやく自分自身と向き合う一歩を踏み出したにすぎないから。
「瑠花……」
「私、自分で決めたことだから。
後で近藤さんのところに行ってくるね」
そう言うと、私は洗いかけの洗濯物をあっという間に洗い終えて、
青空の下、干すと、深呼吸をしてその足で、近藤さんの部屋を訪ねた。
「失礼します。
岩倉です」
近藤さんの部屋の前で正座して、声をかける。
「入りなさい」
暫くして、奥から声が響くと私はゆっくりと部屋へとお邪魔した。
近藤さんは文机に向かって、何かを書いている最中だった。
その筆を止めて、私の方に視線を向ける。
「岩倉君、私に何か用かな?」
「はいっ。
突然のお願い申し訳ありませんが、私を広島へと同行させていただけませんか?」
まっすぐに切り出してしまった私の言葉。
「広島……。私の広島行きを、さては総司に聞いたのだな」
「はいっ。
その広島で、私は長州のものにでも殺されるのであろうか?」
突然の切り替えしに、私は言葉を失う。
「私の命が絶たれるのを知っているから、君は広島に同行したいと言い出したんだね」
冷静に、自身に言い聞かせるようにもう一度まっすぐに私を見据えて告げる。
そんな彼に、私の今の態度が間違った勘違いをさせてしまったのだと知る。