「瑠花、終わったんですか?」


同じく汗を流しに来た装いで井戸へと近づいてきた総司。
だけどその顔色は、今日はいつもより冴えない気がする。


「うん。今日は清拭は終わったよー。
 それより総司は?なんか顔色悪いけど、今日は疲れてるんじゃない?」

「僕は大丈夫ですよ。
 あの日から三ヶ月以上。

 夏頃から京の見回りに瑠花や山波を連れて行くようになったものの、
 なかなか実践で使い物にならなかった山波の剣が、ようやく研ぎ澄まされてきた気がするよ。

 って、僕が教えてるんだからそろそろモノにしてもらわないと困るんだけどね」


「相変わらず花桜には手厳しいわね」



そう言いながら、井戸の前に立って水を汲み上げる総司へと視線を向ける。
何時ものように、何事もなく顔を洗い手を洗った後、懐から取り出した手ぬぐいを静かに洗い始める。


「喀血したの?」


すでに水につけられてしまったので、どの程度喀血したのかわからない。
だけど喀血したのだから、顔色が悪いのだと思えた。



「喀血って大袈裟ですよ。少し咳き込んだだけですよ。
 瑠花、今日も見回りに出ますよ。

 一緒に来るなら何時もの時間に」


そう言って総司は何処かへと消えていく。


総司を見送って私は先生の元へと桶と手ぬぐいを持って再び戻った。



「先生」

「戻ったね、岩倉君」

「先生……労咳って治るんですか?」

「労咳の治療は養生だけじゃよ。
 何処か空気の良いところで、ゆっくりと養生する。

 沖田が気になるのか?」


問われるままに、私は黙って頷く。


「あれはどうだ?
 どれほどに、儂が養生を進めても、あれは首を縦に振らん。
 ここではなく、何処か空気のいいところで滋養をつけて静養するのが一番なんじゃがの」

「高麗人参は?
 皆さんが、それぞれに総司を心配して高麗人参はくださるんです」

「だがそれとて秘薬と言うわけではない」

「さっきも……総司、血痰か喀血のどちらかをしてたみたいなんです」

「まぁ本人が静養を望まないのだから、儂にもどうすることも出来んよ。
 気休め程度じゃろうが、滋養につく薬を煎じて岩倉君に渡しておこう」


そう言うと先生は、静かに薬を煎じ始めた。
薬を煎じる道具の音だけが、部屋の中に静かに響いていた。



その日、先生が煎じてくれた薬を懐に入れて、
いつもの時間に、屯所前へと姿を見せる。


そこには山南さんの浅黄色の羽織を自分サイズに縫い変えた花桜が、
総司が率いる隊士たちと一緒に屯所前に集まっていた。



「花桜、今日は私も行く。
 総司の許可は貰ってるから」

「瑠花さん、本当に沖田先生の許可貰ってますか?」

「もう、貰ってるって。
 総司に確認してもらってもいいから」


そんな話をしてる間に、総司が奥から姿を見せる。



「沖田先生、皆、揃っています」

「集まったみたいだね。
 じゃあ、行こうか」


総司の号令で隊士たちは屯所になってる西本願寺から京の町へと繰り出していく。
周囲に意識を向けて気を研ぎ澄ましながら、不貞浪士たちを取り締まっていく。


そんな彼らの仕事を見ながら私は屯所から外に出て初めて知ることのできる、
知ろうとしなければ、誰も教えてくれない、今のこの世界の現実を耳に止めていく。



第一次長州征伐と言われた時代。
負けた長州藩は、しばらくの間幕府に従順だった。

だけどこの頃、西のほうがいろいろときな臭くなっているのだと言う。