「確かに。私の流派は天然理心流だ。
 天然理心流の剣技は、魅せる剣術ではなく、一切の無駄を省いた奪うための剣。

 その羽織をまとって、京の見回りに出るのであれば覚えておいて損はないだろう。

 おっ、言っている傍から、総司が来たみたいだな」


「近藤さん、僕に用事ですか?」


タイミングよく姿を見せた沖田さん。
そしてその反対側からは、藤堂さんが姿を見せた。



「岩波君、君は私の傍へ。
 総司、藤堂君、すまないがこの場で真剣に打ち合ってもらえないか?」

「近藤さんがお望みなら、僕はいいですよ」

「俺もいいよ。総司と手合わせなんて久しぶりだなー」


そんな風にいいながら、あっと言う間に二人の刀は鞘から解き放たれて、
私と近藤さんの前で互いの切っ先を向かい合わせる。


「始め」


近藤さんの声がかかった後も、二人は見合わせたままでなかなか動こうとしない。


そんな沈黙を破ったのは、沖田さんがきっかけだった。

沖田さんから始まった剣の打ち合いは止むことがない。
お互いどちらも譲らないように、ピリピリと張りつめた空気が周囲を包み込む。

その気配に思わず竦んでしまいそうになる足をわざと踏ん張る様に、
地面をしっかりとつかむように、足の指の一本一本に力をこめて、まっすぐに二人の試合を見据える。




……これが戦い?……




二人の素早い動きに視線が慣れ始めた頃私は何気なく打ち合ってる、
二人の手合いの中にも相手の急所を奪うための仕組みを感じ取る。


沖田さんにとても藤堂さんにしても大きく上から振りかざされた剣筋に対しては、
逃げるわけではなく、その剣を払って更に一歩体を踏み込んでいる。

だけど踏み込まれる側は、それを交わすようにわざと後ろへと下がって防御へと徹する。
お互いがお互い、その繰り返しのようにも思える。



「近藤さん……えっと教えてください……。
 お二人は何をしようとしているのですか?」

「藤堂君と総司の試合を見て何か感じることはあったか?」

「感じると言うより、天然理心流は一歩いつもより踏み込むことに何かがあるのでしょうか?」

「ほぉ……。ただ震えていただけと思っていたが、山波君はそれだけではないみたいだな。
 天然理心流は剣術だけにあらず。総合武術だ。
 そして魅せるための流派ではなく、先ほど話した通り確実に相手を仕留めるための実践流派と言うことだ」


先ほどからに殺気と殺気のぶつかり合い。

そして一瞬の油断が、命を落とすくらいのギリギリのせめぎあいの中で、
お互いが一歩も譲らない。

ただ刀と刀がぶつかり合う音だけが、空間に響き続ける。




「それまで」



近藤さんの声が告げると、二人は動きを止めてお互いに向き合って静かに一礼した。


「あぁ、やっぱ強いやぁー。
 後、もう少しでとれそうなんだけどな。

 けど今日、総司どうした?
 いつもみたいに突きに冴えがない気がしたけど……」


そう言う藤堂さんに、沖田さんは呼吸を整えながら何気なく会話を交わしていく。



「総司、藤堂君、次はゆっくりと、山波君に実践で使える技を見せてやってくれ」


近藤さんの言葉に、二人は再び向かえ合わせになって、お互いの剣を構える。



一瞬のアイコンタクトのうちに、藤堂さんが沖田さんの方へ、剣を振りかざすと、
沖田さんはその剣を下に払った後、体を一歩踏み込んで、刀に左手を添えながらすかさず、藤堂さんの首元へと刀の刃をやって添え切るギリギリのところで
ピタリととめる。



本当に切るのではないかと思うくらい、冷っとした空気が走る。




静止して技をやり終えたところで、また二人は向き合うように剣を構える。


次に先に動いたのは、沖田さん。
藤堂さんへと切りかかった剣を、藤堂さんは払って踏み込んで首元へ押切、一歩手前でピタリと刃物を制止させる。


そして再び、最初の形に戻る二人。


次に動くのは、藤堂さん。
沖田さんに向かって切りかかった剣を、沖田さんは振り払って下へと抑えたすきに、
下方から藤堂さんの肘を制して腕を左手で抑える。
そしてすかさず、右手で下から刀の切っ先を胸へとやった寸でのところでピタリと制止させる。


何もかもが一瞬で、それでいて研ぎ澄まされている洗練された無駄のない動き。



二人が互いに静かにお辞儀をして、雰囲気に漂っていた殺気にも似た張りつめた空気がようやく和らいだ。



「総司、藤堂君すまなかった。
 それぞれの持ち場に戻ってくれ」


近藤さんが告げると、二人は一礼してそれぞれの方へと移動していく。