この広い境内にも、次々と入隊してくる新たな隊士たちで所狭しと賑わう屯所内。

そしてこの場にいる隊士たちの気が少しうわついているように感じるのは鬼の副長と呼ばれる土方さんが、
今はこの京に居ないからだろう。


江戸である東京まで隊士集めの旅に手掛けた土方さんが、
今も帰ってきたと言う連絡はない。

屯所内は何やら少しずつ派閥的なものが出来ているのか、
それぞれが自分の派閥の長の元に、勉学に勤しんでいるようにも見てとれた。

そんな変わりゆく新選組の姿を感じながら、私は再び元居た場所へと練習に戻った。



境内の一角で、ゆっくりと立って目を閉じて精神を統一。

何時ものように、型を確認しながら素振りを終えて、
今度は山南さんとの練習や、沖田さんとの練習を思いおこしながらその練習を辿っていく。




「山波君、一人で練習かい?」


突然の声に慌てて動きを止めて、その声の方へと視線を向ける。


忙しく動き回っている近藤さんの姿がそこにあった。
近藤さんとは山南さんの切腹・告別式の時以来、顔を合わしてなかった。


「はいっ。
 近藤さんもお仕事お疲れ様です」


社交辞令的にお辞儀をする。

そうすると一緒に居た伊東さんに先に行くように促して、
近藤さんは私の方へと近づいてきた。


「山波君……。あの……あぁするしかなかったんだ」


小さく、そして自身を責めているようにも感じ取られる近藤の言葉。
その言葉の意味が、山南さんの切腹にあることは言うまでもない。


怒っていないと言えば嘘になるけど、私は私でちゃんと消化して前に進もうと歩き出してる。


「近藤さん、それ以上は必要ありません。
 山南さんは、見事に本懐を成しえたのだと思います。

 当初、私はこの日が来るのがとても怖かった。
 だけど……今も悲しくないわけじゃないけど、
 まっすぐに受け止めて、前を向きたいとそう思っています」


思っていることを素直に伝える。


「本懐を遂げたか……」



私の言葉を反芻するように、近藤さんがゆっくりと呟いた。



「山波君、一つ聞きたい。
 君は、その山南さんの羽織をまとって京の町に出る気はあるか?

 総司から聞いていてね。
 岩倉君と君が、一緒に見回りに出てみたいと希望していると……」



近藤さんの突然の言葉に、戸惑いながら私は、瑠花の画策なのかなっと頷いた。



「ここに来た頃の私は、何も出来なくてただ弱くて粋がってただけでした。
 心と動きが伴わない。
 
 人の命を絶つ重みを知り日々が、命がけの時間なのだと思いました。
 どんなに行きたいって思っても、本音で言えば私なんかが行っても足手まといだったと思います。

 だけどこの場所で出逢った皆さんは、私を思いを受け止めてくださいました。
 どんな時も……。

 だからこそ、今の私は本当に、現代に帰れるのか帰れないのかなんて全くわかんないですけど、
 その日が来るまで、この場所で、ご先祖様の……山南さんの大切な人たちの元で精一杯、生きてみたいって思ったんです。

 京の見回りも私に出来るものなら、させてください。
 この時代に生きる一人として」




私の決意を知ってもらいたくて、まっすぐに近藤さんの瞳をとらえて
一言・一言に思いを込めて伝える。



近藤さんは何か考え事をするように目を閉じて、
ゆっくりと息を吐き出した。


「総司と斎藤君を……」


そして目を開いたとたん、近くにいる隊士に告げる。



「斎藤さんは今、外に出かけています」

「ならば藤堂君を」



そんな会話の後、境内の上に居たはずの近藤さんは私の居る正面へとゆっくりと歩いてきた。


「山波君。
 さて素振りから、もう一度」


近藤さんが見守る中、私は精神統一をしてから沖影を鞘から抜き放ち、
ゆっくりと型を確認しながら、一つ一つの動きを丁寧にこなしていく。


私の一連の練習が終わるまで、近藤さんの視線は私から離れることなく向けられている。



最後の一振りまで終えて刀をゆっくりと鞘へと戻すと、
近藤さんの元へと静かにしゃがんで一礼する。



「山波君の剣筋を見たのは初めてだったね。
 とても綺麗な基礎を見せてもらった。

 君は私の流派を知っているかい?」


突然の問いかけに、私は「天然理心流だと伺っています」っと告げる。