「春風に 吹きさそわれて 山桜 ちりてそ人に おしまるるかな。

 ……そうですね。
 こうなった今だから、僕たちは山南さんの存在の大きさに気づかされるのですね。

 伊東さんが……」


総司はその後、立ち上がって障子を開けると再び視線を空へと向けた。



そんな総司の傍へと立ち上がって向かう。



「未来に伝えられている伊東さんの弔歌は四首あるの。
 一つは……、今、総司が詠みあげたもの。

 残されている四首は、こう……。


 春風に 吹きさそわれて 山桜
    ちりてそ人に おしまるるかな


 吹風に しほまむよりは 山桜
    ちりてあとなき 花そいさまし


 皇の まもりともなれ 黒髪の
    みたれたる世に  死ぬる身なれは


 あめ風に よしさらすとも いとふへき
      常に涙の 袖にしほれは


 未来に残されている伊東さんの歌【うた】の中で、
 新撰組の隊士へ送られた弔歌は、後にも先にも、この四首だけだって伝えられてるの。


 後は……土方さん」


「土方さんも?」


「総司は知ってるかな?
 土方さんの豊玉発句集。

 あの中に……確か……こう言うの。

 水の北 山の南や 春の月」


私が言葉にすると、総司は驚いたような表情を見せてすぐに笑いだした。



「総司?
 突然笑いだして、どうかしたの?」


「あぁ、思い出したらおかしくて……。


 そうですか……瑠花の世界では、
 その一句も山南さんのために詠まれた歌だと考えられているんですね」


総司は昔を思い出したかのようにひとしきり笑い続けると、
その笑いを止めたタイミングで、噛みしめるように言葉を紡いだ。




「総司?
 なんか……私、変なこと言った?」


「いいえっ。
 笑ってすいません。

 さぁ、瑠花……朝餉に行きましょうか?」 



彼は私に笑いかける。



そんな笑顔に騙されてしまいたくなる。
昨日のあれが、労咳ではないなんて……思えない。
 



恐れていた現実が私の目前に迫ってくる恐怖。



「ねぇ、総司?
 隠し事しないでちゃんと話して。

 そして療養して?」



「……見つかってしまいましたね。

 山南さんには気が付かれてしまいましたが、
 うまく隠し続けられる自信はあったんですけど……」



そう言って総司は、ごまかすように笑みを浮かべる。



「総司?」


「残念ですが、瑠花の想いは聞き届けられません。 

 僕には僕にしか出来ないことが、
 必ずあるはずですから……その為に、僕もこの場所で生き続けます。


 さっ、瑠花……行きますよ。朝餉に。
 その後は、山波を連れ出して道場で稽古でもしましょうか?」


彼はそんな他愛のないことを言いながら、
前へ前へと歩みを続けていく。